小説 「オスカー・ワオの短く凄まじい人生」 ジュノ・ディアス著


オスカー・ワオの短く凄まじい人生 (新潮クレスト・ブックス)オスカー・ワオの短く凄まじい人生 (新潮クレスト・ブックス)
(2011/02)
ジュノ ディアス

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評価★★★★★

  1968年ドミニカ生まれ、リョサとは違って白人系ではない著者が書いた、1930年から31年間ドミニカを恐怖支配した独裁者トルーヒョと彼の統治下で物言えば唇寒しで生きていた人々の悲劇をベースにしつつも、主人公がゲーム・アニメのヲタ(nerd)で超非モテのドミニカ系アメリカ人という、南米ではあるまじき一風変わった物語。あまりにモテないので家族みんなが心配するもどうにもならない。ピュリツァー賞、全米批評家協会賞をダブル受賞し、英米では100万部のベストセラーとなった長篇小説で、こんなオタク小説が「リア充王国の南米」(わてくしのイメージw)で産まれ、そして売れたこと自体、不思議な本。

  ドミニカ共和国って国は、男はみんな女たらしであるのが「普通」で「典型的」あり、主人公のオスカーも7歳の頃にはまるでカサノヴァのごとく当たり前のように近所のかわいい女の子と遊んでいたが、数年後に一変。一人の女性にふられた頃から太り始め、テーブルRPGの「ダンジョン&ドランゴンズ」に夢中になり、SFにハマってからから周囲から「負け犬」扱いされはじめる。デブで眼鏡、頭はチリチリで、趣味は漫画、アニメ、SF、ファンタジー作品。もちろん、ドミニカにだって非モテ男子はたくさん存在するはずで、その非モテ男子が主人公だから、やっていることは先進国、殊に日本のそれとほとんど変わらない。姉ロラには「このままでは童貞で死ぬことになるよ」と絶えず説教され、はじめは同じ非モテでつるんでいた友人たちも時間とともに彼女をつくって離れていく。なんどか好きな本をきっかけに親密な女友達ができ、一緒に映画を観に行ったりすることはあっても強引に誘うことができない。ついには自殺未遂すらしてしまう。どうしてこんな男の子が産まれてきたのだろう。物語はオスカーから姉ローラや母ベリの逸話にも展開していくが、二人とも巨乳でスタイルがよく、性愛体験も豊富だ。「ってか、オタクというものはどの国でもモテないんだよ」といえば、それまでだ。ただ、日本のヲタと違うのは訳者あとがきにも書いているが、「二次元の女性に対する【萌え】感覚が皆無であること」。あくまで三次元の女性を口説こうと努力するし、ふられて傷つくこともある。そのせいか、オタクの物語といえどもエネルギーがある。

  さて、小説の中にはオタク系ジャーゴンからトールキンの「指輪物語」の台詞までが横溢し、日本からも「AKIRA」に出てくる情景などが大量に、饒舌に投入されている。更にはそれら知識に関しては翻訳者が訳注欄を大幅に割き、懇切丁寧に補足説明してくれている。なんだか、びっくりするほどよくしゃべる人の話し言葉をそのまま文字起こししたような小説だ(しかも後から知った話によると、文章中には反復される言葉にメタファーが込められているらしいが、残念ながら私は十分に理解できなかった)。ただ、アマゾンのレビューその他を読んでいると、多くの評者が「中南米マジックリアリズム」と賞賛しているが、私の読後感はいわゆる土着的、自然に描いた中にも非日常が融合しているというような意味でのマジックリアリズムとはまったく違う印象を受けた。マルケスが「百年の孤独」で描いたような時間の奥行き(本小説は主人公と移民一世の母の生きた50年を巡る物語でもある)、登場人物が出ては消える混沌とした膨らみを感じさせるものの、物語の基本軸は日本の純文学ような世界観だし、内容は平易だし、単なる通俗恋愛小説だと言えなくもないくらいである。それほど読みやすい。ただし、性表現は結構過激で、セックスシーンも頻発する。アソコとかマンコとかの単語が飛び交う(ちなみに、南米では男性のあそこが大きい方がモテる。これはさまざまな小説や旅行記を読んできて何度も書いてあるから間違いないw)。でも、けっして嫌らしくない。読後感は誰が読んでもきっと爽やかだろう。