映画 「監督失格」 平野勝之監督作

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評価★★★★★

2011年の日本映画。AV監督の平野勝之が撮ったAVではない私小説的映画。90年代後半に妻を持ちながらも付き合っていたAV女優、林由美香と一緒に東京から出て北海道を回った自転車旅行の録画記録を中心に、交際が終わってからも2003年に彼女が服毒事故で亡くなるまで撮り続けてきた記録を思い入れたっぷりに編集したドキュメント作。

 なにせ平野監督は林由美香の遺体の第一発見者である。その際も表現者としてカメラをまわし続けていたがために林由美香の死因に何か関係があるのではないかと疑われ、彼女の母親にも疑われて記録をけして商品にしてはならないと弁護士を通して約束させられている。平野氏自身もその後、まともな作品がまったく撮れなくなり、今回の映画化もあまり乗り気ではなかったという。つまり、これまで完全に封印されてしまった映像が、このたび林由美香の母親の許諾をえて、加えてエヴァンゲリオン庵野秀明の(聴くところによれば壮絶な叱咤激励による)プロデュースによって映像化された作品だという。エンディング曲は、矢野顕子がわざわざこの映画のために作詞作曲した書き下ろしている(「しあわせのバカたれ」)。不倫、付き合った異性の死、未練、そして回復への踏み出しとする物語っていうと、柳美里の小説「命 第一部」を思い出すが、本作品は映像ゆえ、観るものの感情の奥底に訴えて離さない。
 
 好きだった異性、それも家族ではない他人の死の第一発見者になる。そんな希有な経験をし、心身ともに傷つき、表現者として迷い続けた男が過去を清算しようとして作った映像。ある意味、男の未練がつまりすぎた、女性からみればマスターベーションに過ぎない映像かも知れない。そもそも平野氏は、友人の著名なAV監督であるカンパニー松尾氏同様、AV監督にありがちだが、そんなにいい男ではない。映像を観ても伝わってくるが、格好はしょぼく(今は洒脱だが)、うじうじしてて、女性の扱いはけっして巧いとはいえない。非モテ系。こういう作品を撮りたいという理想はあるだろうけど、まるで映画研究会にいる学生のようなナイーブさ。AV監督でも、村西とおるのようなシャープさや百戦錬磨のリアリズムも感じさせない。そんな彼となぜ林由美香のような90年代後半のスター女優が付き合っていたのか。映画評論家の町山智宏がいうには彼女はミューズである。ゴダールにとってのアンナカリーナごとく、無意識にそうした半端な男と付き合いながら、男をいっぱしの芸術家や表現者に育ててくれるミューズなのだと。

 この作品、肝はプロデューサーに庵野秀明がついたことだと思う。平野氏自身は正直いって大した監督ではない。林由美香との北海道旅行中、何があってもずっとカメラをまわし続けろっていう彼女との喧嘩中にカメラを廻しきれず、彼女に「監督失格だね」と言われ、彼女の死体発見の際も思うほどに撮りきれておらず、自分は監督失格だと感じている(それがタイトルになったわけだ)。前述の町山智宏によれば、作品の最後のシーンも、どうまとめるか迷い、庵野秀明に自分を出していないと叱咤されてようやく最後のシーンをつくることができたという。結局、庵野がいなければ、これほど面白くはなかったであろう。この作品は自分探しのシンジ君(つまりは庵野秀明自身)の内面を延々と問い続けたエヴァにも似ているのだ。

 ところで本作品、林由美香の母親がすごくいい。正直でやさしく、そして強い。実は東京では著名なラーメン屋、野方ホープ軒の女社長でもある。