小説 「オラクル・ナイト」  ポール・オースター著


オラクル・ナイトオラクル・ナイト
(2010/09)
ポール オースター

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評価★★★


  2010年9月新潮社より刊行(米国では2003年に出版)。翻訳者は、もちろオースターゆえに柴田元幸。新丸子のバー「rufus」の常連客のはなえちゃんに借してもらった。バーで渡されて、「ああ借りることになっていたのだ」とすっかり忘れていたことを取り繕うのに必死だったw。とはいえ、オースターの作品を読むのは久しぶりだ。「幽霊たち」と「ムーンパレス」の大好きな私にとって著者の作品を読むのは喜びである。とはいえ、人に借りなかったら読むことはなかったかも知れず、改めてはなえちゃんに感謝したい。

  作品は、病み上がりの作家シドニー・オアによる、大して長くはないひとつの物語として展開していくのだが、物語の中にまた別の物語が多重層的に組み込まれている。いわゆる【物語内物語】はオースターの作品の多く(ほとんど?)に出てくるため、ファンにとっては慣れっこだろうが。初めて読む人には殊に最初の数十ページは結果として多くなる(多く感じる)登場人物の数と、ある程度筋立てを記憶していなければ続きすら読めない展開に戸惑いを覚えるかもしれない。

  主人公シドニー・オアは、病み上がりの作家で、美しい妻グレースを持つ。街を歩いていると、たまたま中国人が経営している奇妙な文房具屋で見つけ、店主と意気投合する。そこで買った青いノートブックの上に、ニック・ボウエンという大手出版社で編集者をしている男の話を書き始め、その小説も本作品の一つの物語として展開していく。その編集者の許には、シルヴィア・マクスウェルという作家が書いた「オラクル・ナイト」というタイトルの小説が送られてきて、その作品を評価することになるが、突如、編集者は仕事を放り、妻に黙ってカンザスシティに移り、歴史保存局と称する電話帳図書館で職をえてまったく新しい生活をスタートさせる。そんな小説を書き始めたシドニー・オアは、一方で、愛する妻との生活費をかせぐために、H・G・ウェルズの「タイムマシン」をベースにした映画脚本も書き始めていく。そうした複数の物語が、シドニー・オアというひとりの作家の物語の中で【劇中劇】として展開していくのだが、さらには友人で年上の作家のジョン・トラウズが書いた小説の話、妻グレースの過去の話なども展開し、しかもそれらがすべて本作品中の注釈(小さな文字からなる脚注)の中でも重曹的に展開していくために、混沌としている(カオティックである)ことは間違いない。柴田元幸はこの重層性を「パズル的な面白さがある」とし、それは「作者の技巧を見せつけているようにも思える構造は、むしろきわめてマイルドな形の、脳内リアリズムではあるまいか」と巻末の解説で語っているが、たしかに私を含めて一般の人も脳内は確信や妄想、期待や不安が常時ごちゃごちゃに錯綜しているのが普通なのだろう。そして、ちょっとバラバラ複雑にも思える物語内物語の絡み合い(しかもちょっとサスペンス風なの)が、オースターなのだ。


  結末は意外。もちろん、オースターだから、前半の重み(混沌としているゆえの厚みとも言える)をしっかり受け止めて最後に「これぞ大団円」とありがちなエンタメ映画のようにまとめてくる、なーんてことはハナッから期待してなかったんだけど、今回の結末は前半に比べてちょっと軽すぎる。ハッピーエンドでもバッドエンドでもなんらかの作者の壮大な意図や知性を感じさせる終わり方ではなく、小さな事件に巻き込まれてしまい、それも未解決のまま終わってしまうから、読者は宙ぶらりんのままなのだ。

  とまあ、終わりよければすべて良しの私にはちょっと不満の残る終わり方だったが、中盤までの面白さはやはりオースターである。はなえちゃんも言ってたけど装丁も美しい。