「V字回復の経営」 三枝匡著


V字回復の経営―2年で会社を変えられますか (日経ビジネス人文庫)V字回復の経営―2年で会社を変えられますか (日経ビジネス人文庫)
(2006/04)
三枝 匡

商品詳細を見る

評価 ★★★★★


 1967年生まれの43歳、ボストンコンサルティング出身の経営コンサルタント三枝匡氏が2001年、なんと34歳のときに書いた経営指南書。不振企業が抜本的改革によってV字回復を果たすまでをストーリー仕立てで描いたものだ。

 読んで考えさせられたことは、まず日本型の意思決定システムというものの「弱さ」だった。著者は最初の書きだしで「企業戦略の最大の敵は、組織内部の政治性にある」と述べる。政治性によって、いつのまにやら正しいことが正しいこととされない意思決定が醸成されていく。先に読んだ猪瀬直樹の「日本はなぜ戦争したか」にも書いてあったが、「決断の内容よりも空気感、全員一致を大切とする、合理性よりも組織目的を優先する日本社会の典型」がここ日本の多くの企業に見て取れる気がして仕方ない。
 日本企業は日本社会と同様で、外ものを疎み、心理的に区別するのが習性になっている一方で、放逐したものには冷淡な村社会である。村社会である以上、組織は政治性が強い。組織の政治性は個人の利得や過去への栄光、好き嫌いなどから生まれ、正しいか正しくないかよりも妥協重視の経営風土をつくり、変化を嫌い、戦略を消す。たとえ金まみれであっても米国型のプロ経営者のほうが遥かにいいが、外ものを疎むからうまくいかない。妥協重視の風土は人望のある経営者を選いがちで、融和には優れるが、そもそもトップが人望を集め、周囲の役員・スタッフが批判される構図それ自体が(マキャベリ君主論」を紐解くまでもなく)病気である。たとえ変化対応型のトップが出て危機を叫んでも組織でうごめく政治性のうちに曖昧化される。日本企業の役員には米国でのMBA取得層と同じ給与レベルがごろごろいるが、みな経営リテラシーが低く、意欲も責任感もない。
 一方、ミドルには優秀な人材はいるが、働き盛りのミドルの裁量権が小さすぎて、働きが抑えられている。潜在能力が発揮できないままに「自分が世間的に劣った人間に押し込まれていく」恐怖を感じながら妥協を身につけ、経営感覚を失う。結果、縦の組織を横断する合理性を大所高所で見極め決断するリーダーシップが育たず、外からも入ってこない。90年代の不況を経た今なお、日本には変化対応型リーダーシップをもつ経営者が圧倒的に不足している。

 加えて、現代日本の組織構造はアダムスミスの分業論よろしく、縦割りで分割され、「創って、作って、売る」意識が共有されていない(いわゆる大企業病の一種)。商売の基本サイクルは「創って、作って、売る」ことで、この意識を開発から人事・経理まで共有し、これをスピードよく、競合他社よりも速く回すことが顧客満足の本質である。開発者が商品を開発する意味は顧客メリットの向上にあるが、それを理解していない開発者が多い。営業マンも営業活動のエネルギー配分(いわゆる、絞り)が管理されていない。ただ、総じてひとつの部署内では、現場の優秀なミドルクラスによって部分最適化されている。結局、日本企業は戦略的思考がなくとも、ミドル以下の社員を中心に推進してきた現場改善で成長できた。「カンバン方式」「QC」といった日本企業が誇るボトムアップの改善活動の成功のおかげで、トップはリーダーシップ不在を問われることなく、しかも再び現場改善に頼ってきた。とはいえ、そうしたTQC的現場改善もいずれネタが尽きる。社員が改善疲れに至ったところで日本企業の成長が止まり、いま尚そこから脱却できない。

 本書はV字回復に至る流れを、?成り行きのシナリオを描き?切迫感を抱く。?原因を分析し?改革のシナリオを作る。そして?戦略の意思決定をしたら?改革を実行して?成果を認知すること―に纏めている。改革を担うリーダーは、自ら議事を組立て、自ら取り仕切り、自ら叱り褒める。突撃しない古参兵よりも、今は能力不足でも潜在性の高い元気者を引っ張りあげた方が成功の可能性が高くなるから、若手を抜擢し、凝縮された時間軸の中でプロジェクトを立ち上げ、優秀な社員を極限まで追い込む。そうして、はじめから彼らのスピード感応性を強引に引き出し、隠れた能力を最大限に引させる。そこでの要点はスピード。不振企業での時間経過は物事を複雑にさせ、たいがい今まで繰り返されてきた議論がまた繰り返されるだけだ。一方で、変革の努力がうまくいかなかったときの撤退等の最悪のシナリオも腹の中である程度計算しなければならない。そして運よく早期に成功が出たら、皆で目いっぱい祝う。たとえそれが一夜の喜びかもしれないと思っても明日は明日の風が吹くと思い直して成功を喜ぶ。飲み屋のツケなどあとで何とかするというものであった。

 あと一点、なるほどなと思ったのはカンバン方式は、単なる在庫減らしの手法ではないという定義。時間の価値を追求する手法でもある。企業価値が「人、モノ、金」の時代は終わり、「人、モノ、金、プラス、時間」であるとする。長くなったが、読んでてその価値が伝わってくる、いい本だった。