「FREE 無料からお金を生みだす新戦略」 クリス・アンダーセン著

フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略
(2009/11/21)
クリス・アンダーソン

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評価★★★★★

 米ワイアード誌の編集長が書いた新たなビジネスモデルについてまとめたもの。彼は本書の前に「ロングテール」という本を書いて、ロングテールという今ではネットの世界では当たり前のビジネス用語の普及に貢献した。
 
  サブタイトルに「無料から生み出す新戦略」とあるように、FREE(=無料)のビジネス戦略、要するに、自分の取り扱い商品をタダにしてもビジネスモデルが成り立ち、タダにすることで、結果的により多くの顧客を作り出すことができるということを論理的に説明した本。
 もちろん、FREEは別に新しいビジネスモデルではない。ラジオやテレビは、広告収入によって視聴者に放送コンテンツをタダで提供している(いわゆる3間者市場)。われわれはすでにFREEの恩恵に授かっている。そうしたFREE戦略について、その歴史をたどり、それがどうして可能なのか、FREEによって企業や消費者はどんな利益を得るのか、そしてデメリットはあるのかなどを詳述している。
 
 さきほどの3間者市場以外にも、毎月の通信料払いを約束すれば通信機はタダというウィルコムイーモバイルみたいな手法も見かける(いわゆる直接的内部相互補助)。基本版ソフトは無料にしてどんどん普及させ、一部のコアユーザーにプレミアム版を高く売るオンラインソフト会社は日本でも数あまりある(いわゆるフリミアム)。一方で、ウィキペディアyoutubeみたいな1000人に一人くらいの自発的書き込みやアップロードがあれば成り立つメディアもある(いわゆる贈与経済)。もちろん、経済学的に言えば完全にタダなんてものは存在せず、誰かのコストはどこかの誰か支払っている。でも、それらのコストは隠され分散されているために無視できるわけだ。なるほど。

 さて、私なりに本書の肝を提示したい。まず、なぜFREEがいいビジネスモデルなのかといえば、「額面が1セントでも消費者には決断を強いるが、タダは心理的障壁を取り除き、潜在的顧客を生み出す」からだと述べる。「最大の市場にリーチして、大量の顧客をつかむ最良の方法がFREEなのだ」(グーグル)。

 そしてそれが可能になるための、経済理論を展開する。経済学者のベルトランの論説、「競争市場においては、価格は限界費用まで下がる」を紹介する。企業は価格を下げて市場シェアを増やす道をとりやすい。下げれば下げるほど需要が増えると思いこんでいる(広告料金を安売りしがちな私も反省しないとならないw)。ともかく、「価格は本来、需給バランスで決まるが、長い間の価格の傾向を決めるのはテクノロジーである」という意見は今では当たり前とも言えよう。そう、「コモディティ化した商品は安くなり、その価値はよそに移る」。コモディティ化した製造業はグローバル化でアジアに転出するわけだ。もちろん、一般的なコモディティ(アトム)だけではない。オンライン(ビット)の世界では更に価格は下ブレ圧力を受ける。たとえば、サーバーコストの低下によってオンラインにおける限界費用はすでにゼロに等しくなった。「生産コストの低下は価格の低下を保証し、需給バランスの不均衡はゼロに向かう不可避の流れにさざ波を与えるに過ぎない」。

 FREEは世界的必然みたいな話になっていくが、FREEにはデメリットもある。まず、参加者が簡単にコミュニケーションをとれるオンラインのネットワーク効果により、市場の1位と2位の間に大きな開きが出る。高価格、中価格、低価格の棲み分けがなくなり、勝者総取りになりやすいのだ。また、既存のビジネスが非収益化すれば、全員が敗者になる。グーグルは新聞社の広告を奪っているが、新聞社がすべて潰れたらグーグルの存在価値が大きく毀損されるわけだ。

 長所も短所もあるから、人々は無意識に「有料と無料のハイブリッドな世界を受け入れている」のかも知れない。人々は、マイクロソフトリナックスの両方に存在価値を与えている。とはいえ、やっぱFREEって、既存企業にとって破壊的だ。無料クラシファイド広告のクレイグリストは新聞社の価値を急減させた。ウィキペディアはエンサイクロペディアを放逐した。それでも著者はFREEを支持する。「FREEは破壊的だが、その嵐が過ぎると、より効率的な市場を残す。大切なことは勝者の側に立つこと」だという。多くのプロ(たとえばジャーナリスト)が仕事を失ったが、それはプロとは呼べないセミプロが多く淘汰されただけだという。

 やっぱ、もう流れは止めようもない。著者によれば、多くのメディアが「新しい時代にはコンテンツで稼ぐ」というが、それも難しいという。一例として、ゲーム産業はいずれ無料のオンラインビジネスになると断言する。音楽ビジネスだって、すでに儲けはCD販売ではなくツアーで稼ぐようになっているところがあるという(ストーンズの収入の90%以上をツアーで稼ぐらしい)。やはり配布コストのかからないものはただにして、店舗で売る商品を高く売るのが正しいと。すでにレゴは自社サイト(ビット)で無料オンラインゲームを提供し、そのキャラクターのぬいぐるみ(アトム)を高く売っているらしいのだ。

 最後まで内容は示唆的でよくまとまっている。納得いかないところもあるが、逆に得心するところ多々ある。最後、著者は読者に対し、商売するならフリーミアム戦術を取れと薦めてくる。著者は商売人というよりもエバンジェリストなのかも知れない。

 ところで、出版産業のはしっこでもがいているワタクシには更に有益な(当たり前かも知れない)情報を得た。それは「雑誌はページ数が限られ希少。しかもひとたび輪転機が回れば変更がきかない。間違いは永遠に残る。もっとよいことを思いついてもそのまま制作をつづけ、完成することが大事だ。一方、オンライン版は無限、いつでも修正できる。印刷版は、何がベストは私たちが知っているという父権主義だが、オンライン版は何がベストかはあなた達が知っているという平等主義の世界だということ。ワタクシ、印刷版でもオンライン版みたいな手法を押しつけているようだ。