小説 「Boy's surface」 円城塔


Boy’s Surface (ハヤカワ文庫JA)Boy’s Surface (ハヤカワ文庫JA)
(2011/01)
円城 塔

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評価★★★★

 東大理学部物理学科、同大学院総合文化研究所で理論物理を学び、「普通の小説家とは違う、数理的小説」と評される円城塔。前からちょっと気になってはいたが、先日、近所のバーの友人がtwitterで面白いとつぶやいていたことが後押しになって読むことにした。

 読み始めた途端、冒頭の第一作目の短編小説から驚いた。語り手が人間ではなく、あるいは「吾輩は猫である」のような動物でもない。なんと、高次元構造物「レフラー球」なのだ。続いての作品も、アルゴリズム解析を題材にしたものだが、たぶん読者はわけの分からないまま終わるだろう。3作目は升目分割のチューリングをテーマにしたものだが、途中途中で恋愛への応用が語られるため比較的とっつきやすいかも知れない。本書の短編の中で唯一しっかりしたまとまりがあるように思える。続いてが、量子力学上の想像の彼方(つまり宇宙ということなのだろう)に作品が作られいくという話(たぶん)。最後は、文庫本にある「解説」を自分で書いたような装った、短編である。

 本書はたぶん著者作品の中では最初に読むべき本ではないだろう。なにせ、主人公は人間ではなかったり、テーマがあるようでなかったり、迷路のような展開に迷い続けやっと最初に戻ってきて安心を感じていたら(著者が最後解説している)「メビウスの輪」のように捩じれておりなんだかどうかもスッキリしない、といった感じなのだ。よく言えば奇想天外、著者の発想力は、狂人のそれのように果てしないと思わせるほど。とはいえ、文体はかなり技巧的。漢字や修飾語、洋の東西とわず引用された名言、どれも語彙・知識が桁外れに豊富なのだろうと感じるほどの片言隻句の語彙力で、文体も手だれている。つまり発想力だけではなく、教養も高いのだ。特にいいのが、冗談というか諧謔に満ちた表現で、(好きな)読者ならば読んでいて知的な楽しみを覚えると思う。ただし、本書は更に数学の学術語がペダンティックにあふれているため、正直読みにくい。なんとかアンテナにビーンと引っかかって展開に乗れたものだけが楽しめる。まあ、そもそも著者は物理学者、住んでいる世界が違う。心して読んで欲しい。