「魔羅の肖像」 松沢呉一著


魔羅の肖像 (新潮OH!文庫)魔羅の肖像 (新潮OH!文庫)
(2000/12)
松沢 呉一

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評価★★★★★

※内容はかなり卑猥です。興味のある方だけ読み進めてください。


 男のちんこは大きい方がいいのか、小さくても関係ないのか。女のあそこは鈍感なのか。という過去ほとんど調べられたことのなかった重要な問題について、日本から西洋にいたるまで医学論文から雑誌の文章にいたるまで過去の文献をひもとき、自ら女性に尋ね聴いて、時に友人の女性を口説いて自ら丹念にあそこを刺激してみたり(うらやましいw)
と、長い期間と努力を重ねて取材調査した濃厚な本。ちょっとこんな本、読むのもどうかと思うかもしれないが、いやー、読んでよかった。女性のあそこ、感じ方がああいうものだとは。次回のエッチにかなり勉強になること間違いない。この手のネタって際物扱いだから、過去も資料やデータとしてアカデミックに蓄積されてこなかったし、今後もされないであろう。雑誌のセックス特集は売れても単行本は売れない。つまり、この本は今後も無視される可能性が高く、結果的に人の目に触れる機会はないだろう。つまり、読んでいる人と読んでない人ではエッチの実力に大きな差が出てくるに違いないw。

 まず、「長いものは流行りませぬと小間物屋」というタイトルのもと、江戸時代の艶句集「末摘花」にでてくる歌がどれもそうした直接的な意味をしているものが多いことの紹介から始まる。江戸時代には「張型」という性具(女性用で今で言う電動こけし)があり、取り扱う小間物屋が(裕福な家の)奥様方の元に出入りしていたのだ。クリトリスの言い方もたくさんあり、お豆、さねがしら、ひなさき、豆、玉舌ほか実に語彙が豊富であった。とはいえ、女性が性を扱うことはタブーであり、それは今も社会的に抑圧されている。テレビでちんこと言えてもまんことは言わないし、一般にも女性がまんこと言うなんてAVしかない。ちんこも似たようなもので、ダヴィンチは「人間がそれを使いたいのに陰茎にその気がなかったりする。所有者から独立している存在なのだ。

 日本では古くから巨根崇拝がある。戦前から巨根の話はあるが、短小の話はない。つまり短小に関する資料がなさすぎる。あるのは「短小は気にすることない。女性は気にしない」とか、「黒人や白人のあれは確かに大きいが、日本のあれは硬い」とかである。子宮までの距離という技術的な側面からするとちんこは7センチさえあれば子供を産めるらしい。しかも女性が感じると子宮が下がってくるので、短くても大丈夫。女性のあれは融通が利くので大小は関係ない、とか。結局、ちんぽより愛情とか。しかしながら、これらは何の役にも立たない。女性の本音を聞けてないし、それを裏付ける確率的統計が存在しないからだ。

 しかし、女性の本音を聞いた話を集めると、女性にとって好みがある。長いちんこは痛いからと嫌う女性もいる(短いのがいいとする女性はほとんどいない)。真珠入りはたいが違和感があるから嫌いだという。好みが多いのは太いちんこである。大小、つまり長いか短いか、太いか細いか、いい悪いは必ずあるのだ。更に言えば、カリが大きいちんこも好みに多い。入れたときの出し入れにひっかかりがあるからだ。結局、女性は短小など気にしないというのは、男性が作り上げた幻想であり、いいちんこ、悪いちんこが存在するのは間違いない。ちなみに、女性のあそこに関しても、やり過ぎるとブカブカになるってのは嘘で、風俗嬢でも締まりのいいのがいれば、処女に近い女性でもブカブカなのがいる。

 さて、話は男性のちんこの話から女性のオーガズムに関する調査に移る。そもそもフェラチオが好きだと言う女はいても、クリニングスが好きな男性はあまりいない。特に男は結婚すると、クリニングスしなくなる。マーキングが終わって支配しちゃうとサービスしなくなる動物と一緒なのだ。

 女性のオナニーはクリトリスが多い。クリトリスに触り始めるのは女性の方が早熟で、クリトリスの方がオーガニズムが得やすい。男性もクリトリスを刺激した方が簡単にイカせられる。でも、実はG(=グレーフェンベルグ、ドイツ人医学者)スポットはクリトリスとは違うオーガニズムを与えてくれる。膣口から4センチ強のところにあるGスポットの刺激で、時には射精に至るときもある。ただ、女性はGスポットの場所がどこだか自覚できず、興奮をクリトリスのそれとあまり区別できてない。それゆえにまんこは鈍感だとする学者もいる(鈍感というのは嘘)。男性にとってもGスポットオーガニズムを与えるのは予想以上に難しいものである。肛門での性交も、肛門と膣は皮一枚でつながっているために、Gスポットへの刺激と考えられる。

 学歴や知的レベルが高いほどオーガニズムを得やすく、性生活を享受している傾向がある。性が社会的に抑圧されている中で、適切に情報を入手して、それら社会的常識を疑い、
それを実践する。そこには知性と相関関係があるのは当然だという。
 同様に、宗教的抑圧が強いであろうアメリカ人女性の方が、性的解放度の高い日本人よりもオーガニズムに達している比率が高い。性的表現を認めること、さらに大切なのはオーガニズムは訓練によって得やすくなる。つまり、日本男性もさることながら、女性も自立しておらず、快楽を男性に委ね過ぎなのだ。女性がオーガズムを得るには、精神的に自らを晒し、解放しないとオーガニズムは得られず、初対面の男性からそれを得るのは難しい。ヤリマンのオーガニズム知らず、ソープ嬢は仕事では達しないのは定説なのだ。
 そこでオーガズムを得やすくする方法として、PC筋を鍛える方法があるという。PC筋は、股間に5秒力を込め、5秒離す、その繰り返しで鍛えられる。ベリーダンスはセックスをするダンスといわれるが、ベリーダンスはPC筋をよく使う。ただし、セックスのときには鍛えられたそれを緩めなくてはならない。

 ちなみに、膣内はもともと酸性で雑菌を殺してしまう。一方、愛液はアルカリ性。加えて、子宮からでるクリステレル氏腺液は、アルカリ性が強く、精子を保護する。つまり、オーガニズムを達するような男性のときのセックスの方が妊娠しやすい。つまり、他の男性は受け付けない。確かに、中出しすると通常、ダラダラ外に出てくる。つまり、一夫一妻制ではなく、乱交の時代、夜這いの時代に対応したものであった。処女性が重視されたのも一夫一妻制になってからである。

 さて、膣オーガニズムが存在し、それが人によって感じ方が違う以上、ちんこにいい悪いは存在する。そして、膣やオーガニズムに合わせるように、ちんこの形状が決まったのではないかという説も提示する。また著者がいうように、昔は電車の中で授乳している女性もいた。現代は、性的器官としての恥の意識が高まったのだ。女性の胸が近年大きくなったのは栄養とかではなくて、性的器官として社会的価値が高まったからであると著者はいう。デスモンド・モリスは、「女性の乳房が発達したのは、2足歩行をするようになり、それまで性的信号だったお尻の代わりの役目を胸がするようになったから」という。胸は見られて大きくなったとすれが、ちんこもそうであろう。もし、ちんこの大きさが分かるような衣服が伝統的であったら、女性は学歴などのほかに恋愛対象の選択肢が増えることになるという。

 亀頭がある理由も、進化論ではないが、①バックよりも正常位を選んだ人間にとり、バックよりもちんこの長さを必要とする。そのため、抜けにくいよう亀頭を発達させた。②Gスポットを刺激するために亀頭で段差をつけた―といった理由が考えられるという。女性を調査すると、入れられるときよりも引かれるときに快感を感じるやすいとする女性は多い。上部にそりかえっているちんこの方がGスポットを刺激しやすい。正常位でも、男性は背中のばしたり、を逆に反り返らせた方がGスポットを刺激しやすい。女性を腰を上に持ち上げてもいい。一方、クリトリスの快感はちんこの出し入れのスピードを早くした方がいいとする女性が多いらしい。

 というような感じである。たいへん勉強になった。