映画 「サウダーヂ」 富田克之監督作

サウダーヂ

評価★★★★★

2011年富田克也監督作。山梨県甲府市甲府市は90年代前半以降、急速に外国人労働者、特に日系人ならば日本人と同じように居住等の権利が与えられるブラジル人の出稼ぎが増え、静岡の浜松や群馬の太田のような地方都市に様変わりしている。もともと日本は移民政策を採っていないが、バブル崩壊前後、労働者の足りなくなった単純労働の穴埋めやトヨタなど主に自動車産業を中心とするグローバル企業の人件費低減に貢献するために入管法改正等で日系2世、3世ブラジル人や研修生名目の中国人・東南アジア系外国人が増えていった。ただ、その後日本には長期不況が訪れ、そうした地方都市に出稼ぎに来ていた外国人の仕事も徐々に少なくなっている。同時にそうした地方都市では、少子化で子供が減り、郊外に大規模で便利なスーパーやショッピングモールができて商店街のある中心部から人が消え、90年代前半までは活気のあった商店街は何の努力もしないままに、いわゆるシャッター通りとなっている。もちろん、そんな地方にも産まれ育って地域に根付いた若者がおり、土木建設業などの単純労働に就いている若者もいる。しかし彼らの仕事も、公共事業削減や民間投資減退が続いて先細りの一途。出稼ぎにきているブラジル人にも仕事がなくなる中、日本人の若者と仕事を争うことも増えている。そもそも、移民政策のない日本ではまともな関連法律がないから日本人との融和が進まず、日本人の知らないところにコミュニティーができ、日本人社会との融和がまったく進んでいない。単なる企業の利益確保に都合のいい非正規労働者、つまり景気の「調整弁」的役割を担わされている悲惨な状態にある。融和が進まないから日本人社会でも外国人労働者への嫌悪感が産まれる。本映画は、甲府という外国人労働者の多い地方都市の現実をしっかりと認識し取材を重ねた監督が、そこに根ざす日本人の若者の群像に照準を合わせ、まるでそのまま映像化したようなフィクションである。もちろん、夢あり恋愛ありのトレンディドラマ風な青春映画からは程遠い。どこかに希望が見えてくるようなハッピーエンドの幕引きにも頼ってない。硬派の、いわば社会派の映画に仕上がっている。

 主人公は二人の男性。一人は3−4人の土木建設業で土方をやっており、嫁と二人で暮らしている。あるとき、タイ語の話せる同僚にタイ人女性スナックに連れて行ってもらい、そこで働くタイ人ホステスを気に入り、時折スナックに通うようになる。エステサロンで真面目に働く嫁からは子供が欲しいと言われるが、言われるほどに気持ちが萎えてエキゾチック感あふれるタイ(およびタイ人ホステス)にどんどん現実逃避していく。もう一人の主人公は、同じく土方のアルバイトをして生活費を稼ぎながら、夜は甲府ではちょっと有名なラップグループのボーカリスト。仕事が減って希望のない若者の不満を代弁した歌をつくってステージに立ち、甲府の若者たちの共感を得ている。ブラジル人の流入が日本人の仕事を奪っているとの感情もあり、同じく甲府のクラブシーンで活躍するブラジル人ラッパーたちへの対抗意識は半端ない。あるとき、彼は高校時代に同級生だった女の子と久しぶりに出会ったことをきっかけにブラジル人が多く集うクラブで歌うことになる。

 富田克之という監督は本映画で初めて知ったが、同じく甲府を描いた「国道20号線」などの前作でも高い評価を受けたらしい38歳の気鋭の監督。本作品も低予算で完成させた映画。とはいえ、「告白」「悪人」のような近年の佳作メジャーエンタメでは観ることのできないであろう、鋭利さ。私も今年観た邦画の中ではベストと思った。同じく低予算映画の「見えないほどの遠くの空を」よりも良かった。サウダーヂとは「郷愁」という意味らしい。

 さて、映画にも関係することだが、TPP(環太平洋貿易協定)の話をしたい。私自身は自由貿易には基本賛成だし、それで日本が大きく変わるとも思っていないが、どうしても一つ引っ掛かることがある。私の実家のある山形県を含め、地方はどこもシャッター通りである。シャッター通りバブル崩壊需給ギャップが産まれて供給量が余り、それを未だ清算できていないことの象徴だが、TPPによって地方から更に企業が出て行き、若者から仕事を更に奪い、シャッター通りのような風景が増えていく可能性が少なからずあるのではと疑念が消えないのだ。震災前に一部メディアで好意的に論じられたショッピングモール論が地方のシャッター通りの現実に踏み込めていないのと同様に、TPP賛成論にはどこか地方の現実を無視しているかのような安易さを感じる。大手製造業の工場などの雇用吸収力のある企業拠点のなくなった地方で、どうやって地方の人達の雇用を確保すればいいのだろうか。多くの経済学者は、他の成長力のある産業へ雇用が移管される、痛みは一時的で次第にマッチングされるというが、きっと新しい産業に雇用が移行するまではかなりの期間を要するとしか思えない。地方から出て行かない企業があるとしても、それら企業はTPPが加速するであろうグローバル競争に勝つために、安価な労働力だけを求め、それはきっと外国人の出稼ぎ労働者が担い続けるだろう。加えて、融和がなく分離された中で外国人を怖がる日本人は、いったん外国人が増えた産業にきっと行きたがらない。この映画のように、学歴のない日本人男性が担う仕事は最後まで(比較的雇用吸収力があり、額に汗して働ける)土方であろう。そして同時に、若者の多くは東京など都会へどんどん移住していく。土方をやる日本人の若者の居場所も東京ならしっかり存在する。でも田舎はノーフューチャーだ。田舎から日本人は減り続けるだろう。TPPがそれに拍車を掛けるとも安易に思わないが、一抹の不安は消えないのだ。誰かに安心させてもらいたい。