「かぜの科学」 ジェニファー・アッカーマン著


かぜの科学―もっとも身近な病の生態かぜの科学―もっとも身近な病の生態
(2011/02)
ジェニファー アッカーマン

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評価★★★★


風邪って、いつでもどこでもみかける一般的な病気で、しかも長期的に治療法が研究されているのに成果が上がらないのはなぜ? 風邪ひくと苦しいのに、人が死ぬという話を聞いたことないのはなぜ? こうした疑問ってみんな持ってたと思う。本書はそれらに答えてくれる、最新の「かぜ科学書」である。

さて、風邪はウイルスである。そのウイルスはどこから侵入してくるかというと、ほとんどが鼻と目(の粘膜)だという。実は多くの人は空気感染を恐れてマスクをするが、人々が気にすべきは空気感染つまりくしゃみや咳きでない。気にすべき犯人は接触感染であり、その主犯格が鼻と目であり、共犯格は手である。手というのは、ウイルスを鼻や目に運ぶのは手だからだ。人は絶えず自分の鼻や目を触っている。ある米大学生を調べたら、一時間に平均16回鼻や目や唇を手で触っていたという。しかも、その16回のうち5回は鼻腔に指を入れていたらしい。鼻をほじるのは、鼻についたゴミが喉の奥まで達しないよう容易に除去するための自然な行為であり、ヒトは進化の形態において鼻をほじるために鼻をつくったとも言われるくらいだから仕方ないが、それでもその際、鼻の粘膜には指が持っていたウイルス様がしっかりと付いてしまう。

さて、共犯者の手は、いったいどこでウイルスをもらってくるのか。それはものすごく多様だ。ジャングルジム、ブランコ、ダンベル、車のハンドル、エレベーターのボタン、銀行のATM、パソコンのキーボード・マウス、コピー機、電話、ホテルのスイッチやリモコン、ドアノブ、コップ、電車のつり革、手すり――挙げたらキリがない。密閉された飛行機の中はウイルスだらけで、洗った後の洗濯物さえも一部外出時に来た衣服のウイルスが居残ってる。そうした物体の表面に付いているウイルスは、乾燥すればその9割が死ぬが、1割は恐ろしいほど長く生き残るというから厄介だ。

そして、感染。悩まされる風邪の症状、我々がつくるものである。例えば、我々の体はウイルスが体内に侵入してくるとわざと炎症(防御)作用を起こして退治を試みる(=免疫反応)。発熱、のどの痛みは体の防御作用・免疫反応であり、くしゃみ・咳・鼻水はみなウイルスを排除するため、倦怠感は体を休ませるためである(ただし、鼻水の出やすさは、風邪とは何の関係性もなく、鼻の内部構造が生み出す気流との関係性が強い。大きな気道と下向きの鼻腔だと出やすくなる。つまり、寒く乾燥した気候の人々は高く大きな鼻を持ち、暖かく湿潤な気候の人々は低く小さな鼻で、鼻腔が前を向いているという)。防御作用が終われば、やがて感染の記憶を植え付けるべく抗体をつくり始める。次回のウイルス侵入時には、感染の記憶が体に防御体制を整えさせ、抗体が撃退して感染にまで至らない。したがって、店頭でよく売られている「免疫力系サプリメント」は意味がない。そのサプリメントは何のウイルスや菌に対するもので、どの細胞の免疫力を何個強化してくれるのか。仮にそういう成分が含まれているとしても、本当に防御するかどうかは体に訊かないと分からない。そもそも体の炎症(防御)反応がかぜの症状になるわけで、免疫反応を鍛えるということは、より多くの細胞を動かすことになり、ひいては症状をもっとひどくするわけで、サプリを飲めば症状がひどくなるってことを意味している。年を重ねるにつれて風邪を引きにくくなるのは事実である。過去に何度も風邪を引いてきた記憶(そして抗体)に恵まれているためで、50歳代の風邪を引く確率は、10歳代のそれの半分でしかない。同様に、小さい子供が鼻水をたらしていればいるほど、大人になって喘息にかかりにくくなる。一定量の細菌・ウイルスへの曝露は悪いことではないのだ。

そのほか、本書によれば、寒さと引きやすさは無関係というのは多くの研究で証明されているという。疲労も無関係らしい。ただ、睡眠不足は罹患率を高くする。ストレスも同様で、長期の慢性ストレスにさらされると、コルチゾールをつくり心拍数や血圧を高め、結果、風邪が引きやすくなる。休暇がストレスになる人は休まない方がいい。やはり、十分な睡眠、禁煙、運動が大切なのだ。

 風邪に効く治療薬の創成が難しいのは、ウイルスは何百とあり、それぞれに効く薬をつくることが難しいからだという。しかも、風邪はすぐに治るものであり、それよりも早く効く薬をつくらないと意味がない。抗生物質は細菌を退治するためのもので、ウイルスにはまったく効かない。なのに患者に処方されるのは、患者が医者に処方箋を求めるからであるが、抗生物質は効かないだけでなく、下手に耐性をつくってしまう悪影響があるため服用しない方がいい。同様に、俗に効果があるとされるビタミンCも亜鉛も効果はない。ヴィックスベポラップも咳止めシロップも効かない。水分補給も適量以上は無意味。あるとすれば、信じている人にとってのプラシーボ効果だけである。風邪に対する抗生物質もそうだが、何かを飲んだら治ったという経験は誰にもであるもので、そのプラシーボ効果は風邪に絶大な効果を発揮する。医者も同様で、親しみと励ましを与えてくれる医者が一番の薬(プラシーボ先生w)である。

  風邪には確実な予防法も治療法もない。じゃ、どうやって防ぐのか。もしマスクで防御するのであれば、鼻と目を完全に覆うものを24時間つけておくべきだ。マスクをつけるくらいなら、「いつも手を洗い、顔を触らないこと」の方がはるかに効果があり、「手を洗う、顔に手をやらない、くしゃみは手じゃなくて袖でする、風邪を引いた人が触るものの表面をいつもキレイにする、洗濯物を一緒にしない」ことだとする。では、風邪をひいたらどうするのか。痛みを緩和する抗炎症薬、くしゃみや鼻水をとめる抗ヒスタミン薬はいい。ビタミンDだけは食事と太陽光だけで賄うのは難しいのでサプリにしてもいいかもしれない。