映画 「ブラックスワン」 ダレン・アレノフスキー監督作

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評価★★★★★

  1969年生まれで「π」「レスラー」とエッジの効いた作品で注目を集めてきた若手監督、ダーレン・アロノフスキーの話題の最新作。主演のナタリー・ポートマンはこの作品でアカデミー主演女優賞を獲得している。

  ニューヨークシティ・バレエ団の新作品が「白鳥の湖」に決定する。これまでプリマとして活躍してきたバレリーナウィノナ・ライダー)が引退することになったため、新しいプリマの座を求めて才能のあるダンサー達が自らを主張し始める。中でも最も新プリマの座に近いのがニナ(ナタリー・ポートマン)であり、彼女は同じくバレリーナだった母親の徹底したサポート、いや厳しい管理の下、敢えて自らを追い込むほどに熱心に練習に打ち込んでいく。ただ、「白鳥の湖」のプリマは、ピュアで可憐な演技が求められる白鳥役と、その真逆で自由奔放で誘惑的な演技が求められる黒鳥役の一人2役をこなさなければならない。これまで男性経験も少なく、ひたすらバレエだけに心血注いできたニナは、芸術監督のルロワ(ヴァンサンカッセル)に、「お前には黒鳥の演技ができない」と突き放されてしまう。意気消沈したニナは前プリマが楽屋に残していった口紅をこっそり盗み、自分の唇に塗ってルロワを誘惑しようと試みるも失敗、ルロワにはもっと官能さを見つけるため夜に自慰行為をするよう助言され、プリマをどうしても射止めたいニナはその夜、自慰行為にふける。

  ルロワの厳しい言葉に反し、白鳥役のプリマの座を射止めたのはニナだった。しかし、精神的にももろく繊細な彼女は、プレッシャーに潰され始める。周囲の誰もが自分を嫉妬していると感じ、実際に向けられた嫉妬以上の嫉妬や嫌がらせ、妨害を受けているとの妄想に囚われていく。そして、その妄想は、黒鳥の表現力に長けたエキゾチックなライバル、リリーに対する対抗心を強くし、このままではプリマの座を奪われるとの焦燥感が更に妄想と嫉妬を呼び込み、観ている私たちも「このシーンは現実なの? 妄想なの?」と判断に迷うほどの心理状態に発展していく。公演初日。母親に「あなたはもはや演技できる精神状況ではない」と押さえ込まれるも、それを振り切って会場に駆けつける。すでに代役として準備していたリリーを制し、プリマとして舞台に立ち、純真な白鳥から妖艶な黒鳥を見事に演じきっていく。しかし、そこにはニナ自身が分からない妄想を伴っていた….

  さて、そんな本作品、途中から突如に人が現れ、鏡には人影が映り、絵の中の人物が急に笑い出すといった、まるでお化け屋敷のように目をそむけたくなるほど怖がらせるシーンが連発するが、案の定、結果的にはグイグイ惹き込まれていった。バストアップだらけのフレーミングにはスピード感があり、まるで自分がバレリーナになたかのようにニナにアイデンティファイできる。最後までハラハラ感が止まらず、スリリングなエンターテイメント作として一級品なのは間違いない。

  加えて主役のナタリー・ポートマンがすばらしい。もともと12歳までバレエを習っていたらしく、バレエの演技を本物のバレリーナごとくこなしていく。同時に、プリマへの病的なほどの執着心、その背景にある分裂症的な精神構造を有する難しい役を違和感なく自然に演じ、更にはルロワに要請された前述の自慰行為のシーンやライバル・リリーとのレズビアン的なベッドシーンをも艶やかに演じることに成功している。最後、クライマックスとなる公演初日の舞台のシーンは、逆に鬼気迫るほど殺気立っていて、観ているこっちが鳥肌たつくらいだ。嗚呼、「レオン」で幼い子供役だったなんて信じられないよ。女優としての集大成とも言うべき大役を見事演じ切った彼女、勢い余って本作品のコリオグラファーを務めた男性と結婚し、子供も得ている。

  バレエというテーマだけに劇場には女性が多かった。バレエというダンスが持つ本能的な美しさを表に、そして、女性の欲望と競争が産む嫉妬や汚れた行動を裏に、白鳥のように純朴なニナが崩れ黒鳥のようなダークさを持つ女に変容していく多層プロットの物語。まさしく本作品は極上のエンターテイメントとして、今後も多くの人の記憶にとどまるのではないか。