小説 「レンブラントの帽子」 バーナード・マラマッド著


レンブラントの帽子レンブラントの帽子
(2010/05)
不明

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評価★★★


  2010年5月夏葉社より刊行。アメリカのユダヤ系作家、バーナード・マラマッド(1914−1986)が1973年に買いた7作の短編集から更に佳作を絞って改めて刊行したもので、7作の短編集は日本でも1975年に翻訳刊行されていたという。本書は、タイトルにある「レンブラントの帽子」ほか、「引出しの中の人間」「わが子に、殺される」の3作品からなる。

  「レンブラントの帽子」は、登場人物は同じ美術学校の教師である、彫刻家と美術史家の2人。彫刻家の被っていたレンブラント風の白い帽子に対し、美術史家が「それレンブラントの帽子そっくりですね」と尋ねたところ、口も聞いてくれなくなる。美術史家は、彫刻家がなぜ口も聞いてくれないのか不思議に思い、だんだんと彫刻家の人間性まで疑うようになったが、あるとき、美術史家は帽子がレンブラント風と見立てたのは間違いであることを知り、最後に仲直りするという話。
  
  「引出しの中の人間」は、旧ソ連に旅行に来た雑誌編集者がモスクワで出会ったタクシー運転手と会話するうちに、運転手がユダヤ系で小説を書いており、その小説を英語に翻訳して西側で刊行して欲しいと懇願される。ソ連ではスターリニズムによる規制が厳しくて反体制的な作品を出せないというのだ。旅行中に面倒なことに係わりたくなく、KGBの内偵すら恐れる編集者は何度も断るが、しつこく求められるうちに運転手の力強さにも徐々に魅力を感じ逡巡を覚える。結局、原稿が手渡され、編集者は読む。受け取る。
  
  「わが子に、殺される」は、父親が聞き耳をたて自分を疑っているといぶかる息子、そして息子は何も話してくれないと怖がる父親の、二人の心の中の言葉が順を追って繰り返される短い物語。

  こうして3作とも登場人物が極めて少ない、舞台も極めて狭い空間での物語であり、エンターテイメント性はまったくない。内容は重くはないが、暗い。かといって私小説のようなドロドロした人間模様があるわけではなく、終わってみれば風が吹いて乾いているようなドライさも感じられる、いわゆる欧米的な短編の典型であるともいえよう。ただし、読後しばらくして思うのは、言葉(および文章)がとてもガラスのように繊細であること。巻末の荒川洋治による解説にあるように、翻訳者(小林信夫など3人)はいかにママラッドの文体がもつ優しさ、繊細さ、そして滋味深さを(翻訳という作業につきまとう隔靴掻痒的な距離感を読者に意識させることなく)伝えられるかに苦悩したに違いない。本書は、小説が好きな人ならみんなに薦められるわけではない。日本の小説ではなく欧米の小説、しかもヴォガネットやカーヴァーなどが好きな人に限られる気がする。