映画 「ノルウェイの森」  トラン・アン・ユン監督

noru mori

評価★★★★


 もう15年くらい前に観てそのきれいな映像美に驚かされた「青いパパイヤの香り」のベトナム人監督トラン・アン・ユン。「青いパパイヤの香り」といえば、公開はもう15年くらい前だろうか、白いアオザイを着た少女が印象的で、そのきれいな映像美に驚かされたことを記憶している。

 さて「ノル森」。1987年に書き下ろし作品として登場し、日本はもちろん欧米、はては中国や韓国にも大人気の作品。昨年、累計販売総数で1000万部を超えた脅威のベストセラーである。さすがにこうした人気小説の映画化となると映画はケチョンケチョンに批評されがちだ。今回もそれに漏れず周囲の評判は悪かった。しかし、高校一年のときにノル森に魅了され、その後、「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」「ねじまき鳥クロニクル」等で村上春樹のとりこになった私は、自分の人生は春樹とともにあったといっても過言ではない。観るのが宿命なのだ。春樹ファンである私の映画評は自然に原作に忠実でないとしてダメだししそうなものなのだが、観賞後に不快感を感じなかった。逆に、かなりよく出来ていると思った。ストーリーは原作にまるっきり忠実とはいえない。37歳のワタナベトオルがドイツ行きの機内でビートルズの名曲「ノルウェイの森」を聴き、18年前の過去を思いだすっていう最初の始まりが省略されていたり、長沢さんがナメクジを飲むシーンがなかったり、最後にレイコさんと寝るシーンでもビートルズの曲を歌い合うシーンがなかったりと結構重要なシーンが省略されていたのだが、全体的には学生運動の時代の雰囲気をしっかり表現できている(ノル森という小説は1970年代の日本という時代性の強い小説なのだ)。ワタナベ君演じる松山ケンイチも直子を演じる菊池凜子も、原作のイメージを損ねることなく、やさしく、そして丁寧に演じていてまったく文句がない。おそらく、この映画がダメという人は、「ノルウェイの森」という作品自体が好きではない、もしくは過去好きだったけど今では好きじゃなくなった人、もっと言えば、村上春樹を(現時点で)好きではない人ではないだろうか。そもそも「ノルウェイの森」という作品はあれだけ売れた小説だが、内容はロマンティックな恋愛物語ではない。文体は軽やかだが、根底には生と死、いや死というものが周囲の人に与える影響の大きさをベースに、なぜキズキや直子が死んだのか徹底して分からないという、取り戻そうとしても取り戻せない過去への郷愁があり、エンターテイメント性がなく、日本でこれだけ売れているのが不思議なくらいの作品だ。しかも今の時代、全共闘世代の村上春樹自身が相対化され、読んでもいないのに嫌いだというような人も増え、直子の病気なんて単なる鬱病かPTSDみたいに「仕分け」されてしまいがちで、直子の気持ちを深く理解しようとする人なんてどんどん少なくなっている気がして仕方ない。

 本映画のl個人的白眉は、モデルの水原希子が演じる緑ちゃん。「ねえ、ワタナベ君、私がいま何を考えているか分かる?」なんて原作そのものだが、その堂々とした態度、キリリと鋭利な言葉も、当時の先端をいく服装もすべてが颯爽とスタイリッシュで、陰の直子との対比がしっかり強調されていて、とってもかわいかった。