「名前のない女たち ― 最終章」 中村淳彦著


名前のない女たち最終章〜セックスと自殺のあいだで (宝島SUGOI文庫)名前のない女たち最終章〜セックスと自殺のあいだで (宝島SUGOI文庫)
(2010/09/07)
中村 淳彦

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評価★★★★


 アダルト雑誌出版社勤務、フリーライターを経て、今は疲れ果てて介護の会社を運営している著者が、企画モノAV女優とのインタビューを数本まとめたもの。企画モノAV女優とは、ぶっちゃけ顔がそれほど美人でもないため単体では売れない女優のことで、一人ではなく複数で作品一本を作ったり、時には縛りやスカトロにも出演させられるような女優のことを言う(らしいw)。ただし昨今は、華やかに見えるAV業界も不況のどん底で、市場は縮小を続けている。そんな縮小市場でも女優は金や名誉を求めてひっきりなしにやってくるから、自然とキレイな女優ばかりに淘汰される。企画モノ女優は売れてもすぐに消費されて消えていく運命にあるわけだ。

 ただし、インタビューの内容はエロではない。なぜAVに出ることを決意したのか、ということがテーマになっている。世の中は女性の地位向上もあって普通の女の子が「セックスが好きでAVに出ました」と気軽にAV出演の理由をぶっちゃける時代にはなっているけれど、それでも著者は「AVに出る・出ないには大きな垣根があるはずだ」とし、垣根を越えた理由を知りたいと語る。一般に、人々は金をもらえるとはいえ人前で肌をさらし、人前でセックスすることのデメリットを知っている。そのデメリットに気付かずに安易な気持ちで出演する女優もいるけれど、男は女たちが思っている以上にAVを観ているし、AV女優のことも知っている。だから、出演してすぐに後悔し、あっという間に引退する女優も存在する。もちろん、目的や計画性をもち、凛とした心で「けっして後悔しない」と何本も出演し、毅然とした態度で引退していく女優もいることにはいる。でも大半はそうでない。理由がある。だから知りたい。それはジャーナリストとして当然の欲求であり、取材対象が違うだけで私も同じ種の生き物である。聞きたいのは女優たちがどんだけエロいか、どんな道具をつかったり、どんな男性経験をしてきたかではなく、心の奥深くである。それを知れば、もしかして女性のなんたるか、人間の本質とはどんなものなのか、私もそこに興味を抱いた。

 さて読んでいた途中で、読む前に私が予想していたことは確信に変わってしまった。やはり女優たちの多くは、過去にひどい苦しみを有していた。「AV女優」(永沢光雄著)という本の内容と同じ。たいがいが、過去に、特に親の愛に恵まれていない。「幼少のときから父親に性的暴行を受け続けていた」、「蒸発していたら戻ってきて犯された」、「DV(家庭内暴行)を受けていた」、「初体験は母の友人の男性」、「父親も母親も心の底から嫌悪している」といった黒歴史が多すぎる。さぞかし数多くの男性経験を持っているのだろうと思えば、そうでもない、というよりも、まともな男性経験がない子も多い。あっても相手がDV系で騙されてたとか、そんなんばかりである。ある女の子なんて、「貧乏だったから、物心ついた頃から母親にはマックの100円ハンバーガーとアップルパイしか与えられたことがない。24年間ずっと100円バーガーとアップルパイ」と言い放ち、さすがに私も驚いた。著者は「信頼できる人間関係を築けないのはAV女優や風俗嬢にう共通するジレンマ。お金が絡まないとセックスできず、お金が絡めば逆に気持ちの悪いハゲ・デブ・オヤジでもセックスできるもの」と言うが、それが十分にうなずけるのだ。「人が好きという感情なんて、どうでもいい」(高橋ゆりか)ってのは本当の気持ちなのだろう。

 もちろん、中には、心からセックスが好きでAV女優になった、という女優もいる。著者によれば、運動神経や学習能力と同じように性欲の強さや淫乱さも遺伝するようで、「母親がスケベなら娘もスケベ」「ハーフ(混血)は淫乱」ってのがAV界の定説らしいw。いや、もしかして人々の多くは、そうした活発で明るい性を求めている、暗黒な過去を引き摺っていることは予想できても現実を見たくはない、のかもしれない。

 女優の一人、大沢祐香は「男の人って、女ってだけで同姓よりぜんぜん好意的になってくれるから居心地がいい。しかも恋愛とか、愛のあるセックスって、少なくともその時だけは純粋で嘘をつかない。時間がなくても合ってくれる、そんなこと、恋愛やセックス以外にはないもの」として気が狂ったようにセックスを求める。でも、本書は語る。「彼女たちはセックスしても満たされない。セックスしてもセックスしても、まるでブラックホールのように感情が吸い込まれていくだけ。最後は耳のそばで、『結局、お前を救うのは死神しかいないんだよ』と囁いてくる」と。

 わたくしはそんな人々を支えたいとは思っている。でも難しいだろう。「読むのがつらい人もいるだろう。あなたが希望にあふれ、未来を夢見ながら前向きに生きられる人ならば、この本を必要としないだろうし、読もうとも思わないだろう。読みたいと思ったなら、絶望の淵に落ち、堕ちて沈んで水底にたどり着けばいい。もしかしたら水面に光が見えるかもしれない」。たぶん、水面に光なんか、見えやしない。