映画 「フェアウェル、さらば哀しみのスパイ」

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評価★★★★

 「フェアウェル事件」という、スパイ発覚事件の実話をもとにしたフランス映画。舞台は東西冷戦時代、1981年の旧ソビエト連邦の首都モスクワ。当時のKGB大佐が、モスクワに駐在していたフランスの家電メーカーの技師に重大な機密情報を故意に漏洩していた。大佐は、金が欲しくて情報を与えていたわけではない。当時のソ連はブレジネフ書記長時代末期、実際には1991年のソ連崩壊に向かって徐々に体制が立ち行かなくなり始めていた。大佐はその状況を見抜き、自分が生きている時代は無理としてもせめて自分の子供の世代が幸せに暮らせるよう、社会主義体制のすばやい崩壊を願って情報漏洩していたという。
 主人公のKGB大佐には、ユーゴスラビアの英雄、「アンダーグラウンド」でアカデミー賞をとったエミール・クストリッツア。彼は私がもっとも好きな監督の一人、「アンダーグランド」を観て鳥肌がたつほどの衝撃を受け、「ライフイズミラクル」で人間の躍動に感動し、「マラドーナ」で彼の作品の根底にある反骨精神を見ている。そんな彼は今回、監督ではなく役者として演技しているわけだが、その信念の強さが溢れ出るほどに存在感ある演技、年代もののスコットランドウイスキーのように深みのある表情にみたび魅入ってしまった。彼の怪演をみるだけでも本作品を観る価値がある。相手役のフランス人技師も、漏洩された情報の価値とそれを得るリスクとのアンビバレンシーに悩む姿を自然に演じていハマリ役であった。
 
 ただ一点、当時の政治家たち、レーガンミッテランらを演じる役者たちが(おそらく風刺する意味で故意に)軽すぎて、重厚な物語がわずかに統一感を失っていたことが気にかかる。ミッテランなんて臆病で低脳なハゲにしか見えないし、レーガンなんて更に木っ端な、映画俳優時代が自慢のプライドだけ高い狭量な政治家にしか見えない。
 
 とはいえ、本作品の時代設定である1981年からの数年間は、わたしが小学生から中学生の頃。1980年のモスクワオリンピックに西側諸国が大量に参加をボイコットし、レーガンが1981年に米国大統領に就任するとさらに緊張関係が深まった。その緊張関係は今の北朝鮮・米国のそれよりもはるかに強く、日本ではロンヤス関係の片側、中曽根首相が長期政権を執り、一方で論壇ではイデオロギー対立華やかりし頃だった。当時のソ連はまさしく東にそびえる超大国、オリンピックではまるで高性能な兵器のような逞しき選手たちを揃えて金メダルを独占、従える東欧諸国はまるで赤穂浪士さながらの忠誠度の高さを感じさせる有様で、まさか内部で体制崩壊が進行しているとは夢にも思わなかった。冷戦時代とは何だったのか、そういう時代に改めて思いを馳せる意味でも観てよかったと思う。