小説 「サマーバケーションEP」 吉田日出男著


サマーバケーションEP (角川文庫)サマーバケーションEP (角川文庫)
(2010/06/25)
古川 日出男

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評価★★

 TBSラジオ「life」を聴いていたら、夏に読むべき一冊というテーマで本書が取上げられていた。収録には文芸評論家の佐々木敦がいて本書をとりあげて高く評価し、チャーリーほかその他の出演者も好意的にみていた。amazonのレビューでの評価も総じて良く、それならば読んでみようと思った。
 
 内容は、ピュアでナイーブな「僕」という二十歳を過ぎたばかりの主人公が、東京・吉祥寺の井の頭公園を訪れることから始まる。「僕」は何かの病気を抱えているのだろう、人の顔を見分けることができず(医学的には自閉症アスペルガー症候群の患者の多くは人の顔を記憶できない「顔貌失認」の悩みを抱えているという)、匂いや声、伝わってくる体温から判断する青年で、なぜか「20歳を過ぎてようやく自由行動が許された」として冒険をするために井の頭公園にやってきたという。彼はその公園で、「がむしゃらに働いてきたけど迷いが生じて長い夏季休暇を取った」というこれまたナイーブな、でも快活でリーダシップのある23歳の青年、ウナに出会う。そして二人で話し込むうちに死んだように低い体温をもつ女の子カネコさんにも出会い、3人で突如、海を目指して歩く、ひと夏の冒険を始めることとなる。そして冒険を進めようとした途端、イギリス人カップルの男女が歩く旅に付いてきて、近くにいた3人の子供も加わる。そのうち、40才を超えたスーツ姿のおじさんまで入ってくる。合計9人、海を目指す冒険は急に大所帯の旅となる。それは「僕」とウナとカネコさん、3人を軸に総勢9人のロード・ムービーならぬロード・ノベルといっていいだろう。
 
 井の頭公園から海を目指すには単に神田川沿いを歩けばいい。井の頭公園神田川の水源であり、そうした水にかかわる江戸、東京の歴史もちりばめながらこのロードノベルは展開していく。ただ、途中でおじさんが離脱したかと思えば、中国人姉妹を連れて再び合流したり、中学生の憂国ならぬ憂郷集団のチャリに乗せてもらったり、人数が徐々に減って最後は最初の3人に戻るなど、小さな出来事はあるが、神田川沿いにすすむ旅に中断はない。そして最後は、神田川隅田川に合流する浅草橋にたどりつき、大所帯は最初の「僕」、ウナ、カネコさんの3人に縮小し、3人で海を目指して歩みをつづけていく、というところで幕を閉じる。

 lifeで絶賛していた佐々木敦は巻末に解説を書いており、彼はこの本のタイトルである「サマーバケーションEP」を挙げて、この小説はまるでレコードのシングル「EP」盤にようで、何度も読み返すことができると強調しつつ、lifeのような賛辞を書いている。ただ、ワタクシ個人には残念ながら本書は合わなかった。ってか、まったくつまらない本だったと断言していい。事件が起きるわけでも恋愛模様が展開するわけでもない。もちろん、主人公に悩みというか迷いはあるが、その状況も理由も詳しく語られることない。ほかの登場人物に魅力を感じることも共感することもなかった。そもそもストーリー自体が淡々としているため、読む私には喜怒哀楽、何の感情もわいてこなかった。まるでどっかの草食系男子と話しているように、小さな世界に閉じこもっている感じがした。