科学エッセイ 「ゾウの耳はなぜ大きい?」  クリス・レイヴァース著

ゾウの耳はなぜ大きい?―「代謝エンジン」で読み解く生命の秩序と多様性ゾウの耳はなぜ大きい?―「代謝エンジン」で読み解く生命の秩序と多様性
(2002/07)
クリス レイヴァーズ

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評価★★★★★

  著者は子供の頃、「なぜアフリカのサバンナにいる大型動物は哺乳類ばかりなんだ?」という疑問をもった。図書館に行けばわかるだろうと行ってみたがまったく分からず、大学生になっても分からなかった。疑問を長い間持ち続けてきた著者が、研究生活の末、ようやく解明したサイエンス本。サブタイトルに「代謝エンジンで読み解く生命の秩序と多様性」にあるように、謎を解く鍵は、「代謝エンジン」である。つまり、代謝率によって動物の形、構造、行動形態が決まりっていくというものだ。とはいえ、この問題を解くのは簡単ではない。動物といっても魚類から哺乳類まで幅広く、単純な生物学では片づかない。生物史への教養はもちろん、運動学、生理学なども欠かすことができず、著者ひとりでなんとか結論できうる問題ではない。そこで著者は、本書の草稿を多くの面識ない科学者やライターに送りつけ、全員から意見をもらい、本書を完成させたという。この薄い本、まるで知のエピスメータ、みたいな良書である。

 魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類の中で、体温を温かいまま一定に保つ温血動物は鳥類と哺乳類だけ。彼らは大規模な筋肉運動がなくとも体内で一定の熱を生み出し、その熱を維持でき、そのために熱を外に逃がす割合をも調節できる。ゾウの耳が大きいのは、そう、サバンナで熱を外に逃がすためである。熱がある程度高いために食べ物の消化も早い。その代わり、同サイズの冷血動物に比べ、10倍量もの食料を浪費し、熱損失を防ぐために身体は比較的球状をなし、かつ、でっぷりと大きい。一方、爬虫類は哺乳類に比べて細く長く、皮膚面積が大きいため、熱損失が大きい。気温が低くなると活動も鈍くなる。真冬に車をスタートさせるのが難しいのと一緒だ。

 結果、極地にすむ生物は、北極ならばホッキョクグマやアザラシ、南極ならばコウテイペンギンのような鳥類しかいない。どの動物も熱損失を避けるために、脂肪をたっぷり持ち、丸い。やはり、陸上では哺乳類の方が有利なのだ。陸上に住む爬虫類で巨大なのはコモドドラゴンとゾウガメとボア(大型のヘビ)科だけしか存在しない。

 でもね、小型のものもいれると、世界は恐竜の昔から現在にいたるまで爬虫類であふれている。
 ただし、恐竜は現在、温血動物か冷血動物かではいまだ説が分かれている。あんなに身体が大きければ、血液を頭まであげるのに巨大なポンプが必要で、温血でないと難しいというのだ(以前には恐竜には心臓も脳も二つあったとする説もあった模様)。なにせ今では鳥類と恐竜の境界線もどんどんあいまいになってきており、そうなると恐竜の代謝率はかなり高かったと推測しうる。恐竜の代謝率は爬虫類と鳥類の中間にあるのかもしれない。
 また、陸上ではなく水の中でも違ってくる。水は空気よりも熱慣性が大きい、つまり温度変化がゆるやかなため、水温は気温より狭い範囲に保たれやすい。しかしながら水は熱を奪うため、哺乳類にとって水の中は余計なエネルギー消費となる。海は短期間で成長する植物が多く、エサの供給量も多いからクジラなどのほ乳類も生きていけるが、川となるとエサが少ない。結果、爬虫類のワニが勝ち残ったわけだ。

 ちなみに鳥類は温血だが、飛び立つためには巨大なエネルギーが必要だ。特に大きな鳥は高コストで、白鳥は飛び立つときに湖面を疾走し、ハゲワシやタカは飛び立つときに崖から降りるようにして飛ぶ。だから、敵がいなくてエサも手に入れやすい場所では、飛べない(飛ばない、飛ぶ必要のない)鳥も出てくる。一方で、鳥類は哺乳類と違い、食べものに溢れた森林など、あらゆる陸上環境を利用できるメリットがある。

 とはいえ、人間が進化し、大陸間を移動できるようになった結果、哺乳類が圧倒的に有利になってしまった。当然、人間は新しい大陸で狩猟につぐ狩猟にまい進し、多くの希少生物を蹴散らしていった。人間が新大陸にもちこんだヤギやウサギは好き嫌いなく何でも食べるため、あらゆる植物を食べ尽くし、他の動物が食べる余地がなくなる。結果、多くの生物が絶滅の危機にたたされている。ここで重要なのは、哺乳類が移動できる状態にあるってことで、その昔、大陸がひとつに繋がっていたパンゲアの時代にも多くの生物が絶滅し、生物多様性に乏しかったという。移動可能になると生物多様性が大きく損なわせることとなるのだ。でも、ヤギもウサギも人間が持ち込んだものだ。今となっては、やはり人間の責任である。人間というのはどうしようもなく業を抱えた、本質的には下等動物なのだ。