エッセイ 「ヨムマラソン」  吉田誠一著

ヨム マラソン 42.195kmの脳内活劇ヨム マラソン 42.195kmの脳内活劇
(2008/02/08)
吉田 誠一

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書評★★★

フルマラソンにハマった一人のサラリーマンが、自身のマラソンへの熱い思いをつづった本。著者は日経新聞のサッカー担当記者である吉田誠一氏。

ワタクシ、日経新聞のサッカー欄を10年以上ずっと読んできたから分かるけど、新聞にしても本書にしても著者がしたためる文章って、さほど上手いものではない。選ぶ言葉に難があるわけでもないし、クセがあるわけでもない。いつも同じだが、テーマが曖昧なせいか構成(起承転結とかそういうもの)がぼやっとしていて「幹」がない感じ。ダラダラしている。でも本書、同じようにダラダラと書き殴ってる感じの割には、読者にまるで自分もマラソンに参加してる感じにしうる力がある。
比較して、村上春樹の「走ることについて語るときに僕の語ること」も同じように自身のマラソンにかける思いについて語ったものだが、春樹の本はやはり春樹の作品なのだ。春樹という小説家が前面に出た、いわば完成されたエッセイであり、端からみると若干カッコつけが気になる。いま考えると春樹は同書の中に、もし自分の墓碑銘を作るならば「一度も歩かなかった男」と刻んで欲しい、なんていう文を書いており、まるで辻仁成ばりのナルちゃんぶりである。しかし本書の著者、吉田誠一は単なる没個性の新聞記者(日経ではスター記者なのかもしれないが、私にはそう思えない)。ナルシズムとは無縁である。いや、サッカーの取材で世界中を駆けめぐっているため、おそらく海外出張をうまく組み合わせることで世界中のマラソン大会に参加できる特権を持つという程度に偉ぶっていてはいいものの、そこにはてんで無自覚である。あるいは、マラソンランナーにありがちな「こんなに苦しいのに頑張ってるオレってかっこいいだろ」的なマゾヒスティックな自己陶酔もない。たぶん、この御仁、天然素材として「邪気がない」のだろう。新聞記者にしては珍しい(いい意味でも悪い意味でも)。とにかく、著者がマラソンにかける思いが熱を帯びてジワジワ伝わってくる。まさに「ヨムマラソン」というタイトル通り。その意味で、良書である。


さて、冒頭で「良書」だと述べたのはそうした著者の人間性によるものだけではない。なるほど、参考になるなあと思わせるところも随所にある。2003年の春からふと家の近所を走りはじめ、42才を迎えた翌年、初めてフルマラソンに参加、途中何度か歩いたものの、なんと3時間52分で走りきったという初マラソンの状況。トレーニングの中身や準備への姿勢。実際にフルマラソンを走っているときのや心や身体の状況。どれも詳しくはないが、マラソンをあまり知らない読者でもイメージしやすいような(軽い)情報量にとどめ、かつ赤裸々に(けど下品ではない)語っている。死ぬまでに一度くらいフルを走ってみたいと思っているワタクシにも参考になることがたくさんあるのだ。ちなみに初完走を経た著者は、その後マラソンにどっっぷりハマり、現在のベストタイムは3時間22分。しかもそのベストタイムは、独ベルリンでフルを走り、そのたった6日後に、イギリスのネス湖ラソンで記録している。