映画 「戦場でワルツを」 アリ・フォルマン監督

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評価★★★★


 09年のアカデミー賞外国語映画賞で「おくりびと」と最後まで受賞を争った、イスラエル映画イスラエル人監督アリ・フォルマンの実体験をつづったドキュメンタリー。テーマは1982年のレバノン内戦、つまり戦争映画である。
 
 パレスチナ難民の大量流入により、キリスト教国家としての政情が不安定になり、近隣諸国の思惑もからみつつ、内戦が始まったレバノン。1982年当時19才だったアリ・フォルマンは、イスラエル軍歩兵として首都ベイルート周辺に従軍していた。戦後、アリ・フォルマンは兵役を終え映画監督となるが、2006年、彼は兵役時代の友人に再会、その友人に内戦に関する悪夢にうなされて悩んでいると聞かされる。アリ・フォルマンも自身の記憶をたどるが、どうしても思い出せないことに気づく。そして、その夜、奇妙な幻覚を体験する。幻覚は単にベイルートの海辺で夜中に海水浴をしているシーンでしかないが、そのシーンは、内戦途中に起きたイスラエル人によるパレスチナ難民の大量銃殺事件、サブラ・シャティーラの虐殺に関連したものだった。本当は自分は何をしていたのか、記憶を取り戻すべく、友人の心理学者の助言をえて、当時一緒にベイルートにいた軍人たちのもとを訪ねていくことにする。
 
 アニメーション映画といっても、宮崎駿ジブリ作品のようなかわいいアニメに慣れた日本人の私には最初、ちょっと気色わるかった。全般的に暗い色調で、登場人物に表情がない。ピントは画面中央の中心人物にしか合っておらず、バックに人物がいようとピントは外れている。ただし、よくよく考えると、普段わたしたちがこの眼で見ている現実の風景も、総じてピントは自分が観ている物体にしか合ってないものだ。
 とはいえ、監督ははじめ、アニメーションではなく、実写にしたかったらしい。しかしながら、内容を案じた役者たちがことごとく出演を断ったという。結果的にはアニメで良かったと思う。観るものにとり、役者の演技がいちいち気に障ることもない。全編を通して俳優の個性が観る者の感情にまったく影響してこないから、物語は淡々と進行していく。主人公にアイデンディファイすることがなく、実に客観的に観ていくことができる。しかもこのアニメーション、色調こそ暗いが、見れば見るほどスタイリッシュに感じてくるから不思議だ。

 まあ、イスラエル人によるイスラエル映画イスラエル側の意見でしかないため、「体のいいプロパガンだ」とする批評家もいた模様だが、わたし自身はすばらしい映画だと思う。結末がすごくいい。こうしたイスラエル人が存在し、こうした映画がつくられたことこそ、世の中捨てたもんじゃないと、かすかな希望を感じ得た。