「雇用の常識―本当に見えるウソ」    海老原嗣生著

雇用の常識「本当に見えるウソ」雇用の常識「本当に見えるウソ」
(2009/05/18)
海老原 嗣生

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評価★★★★

 リクルート系のプロの転職エージェントとして雇用の現場を知り尽くした著者が、雇用問題に関して巷間もっともらしく聞こえてくる俗説に対し、その誤りを検証・整理し、本当のことを読者に伝えた上で、同問題の改善に向けた自身の提案を指し示した本。「派遣は禁止すべき」とする雨宮処凛湯浅誠から、「派遣は禁止すべきではないが、悪いのは貰いすぎの中高年正社員」とする城繁幸、果ては彼らの論理をサポートする学者までを是々非々で斬っている。目からうろこ。驚愕。すばらしい。やっぱ、世の中の言論ってことごとく不十分な情報を自説に都合よくかいつまんだものが多く、複雑な情報を多面的な視点で捉えたものは実に少ない、ということがよく分かる。モノゴトは、常に多面的、俯瞰的に考えないと、偏りがでてしまう。人間関係も同じだし、ワタクシも反省しないとならない。

 さて、問題です。

?若者の転職が増えているのは本当かな?   → ウソ。終身雇用は崩壊しておらず、逆に長期雇用が強まっている。
?世界では転職が一般的なのか?    → ウソ。EUの大半は日本と同じく長期雇用が普通。雇用期間が短いのは英米および、非正規雇用カップルによるワークシェアが成功しているダッチモデルの国(オランダ・デンマークなど)だけ。
?派遣社員の増加し、そのぶん正社員が減ったのは本当かい?  → ウソ。派遣社員は、昔の請負や日々紹介からの付け替えが多く、実際には正社員数はさほど減ってない。正社員の減少は、そもそも生産年齢人口(15−64才)が減ったことが原因。同人口は96年をピークに、その後の12年で600万人減り、今後10年で700万人減る。こっちの影響の方が甚大。
?若者がかわいそうってのは真実か?   → △。 熟年の正社員比率だって、若年層以上に減っている。大学生は新卒に失敗しても第二新卒市場がある。ワーキングプアも実は若者層では非常に少なく、扶養控除などを求めて就業を制限している「働く主婦」が大半。
?小泉改革で失業者は一気に増大した。   → ウソ。小泉改革の10年前から失業率は増大している。そもそも欧州の先進国と同様に、経済が成熟すると失業率は高くなる。先進国ではどこも、大学を出たら就けるという仕事は、大卒人口の急増やグローバル化(空洞化)によって、枯渇している。
?小泉改革によって格差が拡大した?    → ウソ。ジニ係数だけではなく、ほぼすべての格差指標で、格差の拡大は明らかだが、ただし、小泉改革よりずっと以前からの傾向でもある。同時に、単身世帯が増えている影響もある。もちろん、格差の拡大は否定できない。
 ?女性もどんどん職場で活躍するようになっている?  → △。女性の大卒就職者が増えた影響で、男子学生の就職は数・率とも減った。ただし、女性の管理職は今なおまったく増えてない。出産・育児による早期退職が多く、制度が充実して復職しても意識の差や男性型の就業環境(残業、夜の付き合いなど)に辟易し、自ら辞めるケースが多い。

 加えて、失業の問題って、(先進国ではどこもそうらしいが)、ミスマッチの問題に多くが起因するんだ。会社から求められる仕事は高度化し、スキルだけではなく、体力・気力・忍耐力・統率力なども求められるのに、若者はスキル獲得を重視しがち。嗜好の壁もすっごく厚く、名もない中小企業が求人を募集しているのに、中小零細はイヤだ、それなら見つかるまで家でゆっくり探すと言う失業者はメチャクチャたくさんいる。一方で、日本では単純労働は国外移転し、国内は幹部しかいらない状態になりつつある(残りは非正規の事務員がいればよい)。結果、キャリアップもできず、非正規は非正規のままになりやすい。

 人間は贅沢になった。そうね、昔はハンバーガーも高く、スーツも高額だったよ。国内で作っていた人がいたからだ。土日も働いていた。中国の低賃金労働力を武器にするシマムラもユニクロニトリもなかった。けど、そんな昔に帰りたいという人はもはやほとんどいないだろう。そこで、著者は暴論と称して言説を提案する。そのうちの一つが、移民の受け入れ。前から思っているが、現在、都内のコンビニや居酒屋なんて中国人を軸とした外国人労働者しか働いてないのが現実だから、このさい著者の言う条件の下、ある程度の移民を受け入れるべきではないか。でないと生産年齢人口はどんどん減り、産業の多くが縮小均衡のスパイラルに入る。著者の条件は、まず受け入れ期間で、少子化が収まるまでのモラトリアムとする。そして、ある程度の教育レベルをもち日本語をはなせる人に限る。ただし、永住権は与えず、年金も支払わない(25年が在住期限)。もちろん、日本で産んだ子息ならば、義務教育を全うすれば与える。一見厳しい条件に見えるが、移民嫌いの日本がなしうる妥協案としては納得できる。国力が衰えて希望者がいなくなってからではもう遅い。日本はいま重要な過渡期に来ている。

追伸   ハイパーメリトクラシー論で名高い本田由紀の解説が秀逸。「日本の雇用形態は、労務と報酬の交換契約ではない。組織の構成員となることであり、帰属に対して賃金が支払われる。一方、非正規社員は、構成員ではなく、『ウィズアウト・メンバーシップ』。どちらもグレイのハイブリッドにすべき」。