「ニューズウィーク日本版ペーパーブックス 馬鹿(ダム)マネー 金融危機の正体」 ダニエル・グロス著

ニューズウィーク日本版ペーパーバックス 馬鹿(ダム)マネーニューズウィーク日本版ペーパーバックス 馬鹿(ダム)マネー
(2009/09/29)
ダニエル・グロス

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評価★★★★

 米ニューズウィーク誌を代表する経済コラムニストが書いた、昨年9月15日のリーマンショック以後の金融危機の要因に的を絞って時系列に分析していったノンフィクション。簡素で安っぽい装丁のペーパーブック。

 筆者は、90年代末のドットコムバブル崩壊後の約10年間に、今回の金融バブルが発展そして崩壊していった経緯を、3つの時代に大別して説明する。まずは2000年頃、世界各国の低金利政策の中でマネーがどんどん余り出し借りやすくなった状況を「チープマネーの時代」と称し、その後、インフレ懸念から低金利政策が終わると今度は住宅市場が拡大、住宅市場にマネーがどんどん入り込みながら、オプション変動金利ローンなど奇怪なローン商品が増えはじめた時代を「ダムマネーの時代」と呼ぶ。その後、住宅市場も金融商品市場ももはや天井に達した感が漂いはじめ、バブルに支えられた経済は弾ける危険性を認識し出すと、今度はCDS(倒産リスクをヘッジするデリバティブ商品)などの更なる証券化イノベーションが産まれ、「誰もリスクがどれだけあるのか分からなくなって」どんどんリスク商品(や成熟企業までも)が買われ出し、投機が投機を呼び相場が上昇し続ける「ダマーマネーの時代」に入っていく。もちろん、途中でいくら非合理な現象が出てきても、それに背を向けた「新しい理論」(高名な学者に理論武装された仮説)に人々は吸い寄せられる。しかも、上昇相場に限界を感じ、いつ破綻してもおかしくない状況に達したと気づき始めても、バブルの只中でそれをストップすれば、逆にもっと大きな損となる。結局、「音が止むまでは踊り続けなくてはならない」。状況を回避させうるのは行政くらいなものだが、行政への最大の圧力団体もウォール街だったりして、規制は業界の意向どおりの規制となりがち。実際、オバマウォール街から多額の献金を受けているのは公知の事実である。
 
 さすがにニューズウィークの名物コラムニスト、文章はとっても読みやすい。はじめにロバート・ルービングリーンスパンらの政策がいかに間違いだったか、皮肉を交えて冷笑し、彼らが実際に発した反省の弁をくっつけて説得力をもたせて文章を仕立てているから、心地よい軽快感が走る。グリーンスパンなんて、「彼の金融に対する知識はすばらしいと思ったが、人間の性質に対する知識は学部学生レベルのものでしかなかった」と言われる始末。最後まで読むのはあっという間。今回の金融危機に乗じ、これまで3、4冊の関連本を読んだけど、本書がもっとも面白かった。そのへんの学者やエコノミストが書いた本より圧倒的にエキサイティングだ。

 もちろん、分析もしっかりしてる。世界経済という視点から、多くの事象を複眼的に捉えているから説明に普遍的な合理性がある。たとえば、今回の金融危機は米国だけではなく、世界各国政府や多くの企業が絡んでいて、特に中国や中東諸国、日本などの政府・中央銀行には少なからず責任がある、という状況がとってもよく理解できる。日本のエコノミストたちは「アメリカの強欲な金融資本家たちがつくった、イカサマに近い金融工学のしわざ」とまるで対岸の火事みたいな理解をし、政治家たちは「アメリカの市場原理主義に小泉・竹中路線がくっついた」と一様に金太郎飴みたいなことを言い募る。まるで、陰謀論に近い感情論。みんながみんなではないけど、ジャーナリズムの論壇では今でも「アメリカ発の....」として日本は被害者的な論評が声高だ。
 でも、アメリカの過剰な消費に原因があると言っても、そこにはコインの裏表、例えば日本やその他の国の輸出増大による経済成長という果実がある。しかも、輸出で儲けた日本や中国、中東諸国は、輸出を減らしたくないために稼いだ外貨を売って米国債を買い続け、それによって自国通貨を安くしていたんだよ。更には、アメリカ以外の国々はどこも自国内に有力な投資先がなく、運用先を求めてサブプライムローンやその他の高利回りの住宅関連ローン商品を大量に買い、バブルの美酒に酔っていたわけだ。経済のグローバル化、経済のフラットワールド化とはまさに言いえて妙。その成れの果てと言うのは言い過ぎだろうか。

 彼は言う。「経済とマーケットが合理的に動くなんていうのは間違いなんだ。実際には躁状態鬱状態を繰り返しているだけだよ」。