新潮新書 「嫉妬の世界史」   山内昌之著

嫉妬の世界史 (新潮新書)嫉妬の世界史 (新潮新書)
(2004/11)
山内 昌之

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評価★★

人間の歴史は嫉妬の歴史だと言っても過言ではないほど、歴史はその場面場面が嫉妬の
糸が絡み合い、その後の運命が決定づけれているように思えてくる。例えば、関ヶ原の戦いは、秀吉の寵愛を欲しいままにした文治派、石田三成への武断派加藤清正福島正則らの嫉妬心と家康が利用したものであり、あの忠臣蔵だって本当は、石高の少ない旗本から若くして出世した吉良上野介への浅野内匠頭のモーレツな嫌悪感、腹立たしさから生じた事件だという。確かに、浅野長矩はプライドを傷つけられたのかも知れないが、一方で、それだけプライドが過剰だった面もあるに違いない。

 主君や上司が、部下や家来の才能に嫉妬するケースは数限りない。政府に重用された下級武士あがりの西郷隆盛大久保利通は、君主の島津久光からの妬みを一心に受け、旗本あがりの勝海舟は将軍徳川慶喜からの妬心をあからさまに浴びていた。いわんや現代社会の企業組織をや。当然、同輩がねたむケースも多々あり、ナポレオンに並び立つ戦略的天才軍師にして行動力も備えていた石原莞爾東条英機からの嫉妬を受けて失脚し、才も肝も国民的人気もあったポンペイウスカエサルからの嫉妬に一敗地にまみれることとなった。ただし、そのカエサルもまた、我が世の春を謳歌していたときに嫉妬に足をからめとられ、凶刃に倒れたわけだ。

 それら嫉妬の歴史を追えば、いかに人間とは低俗な動物かと、辟易としてくる。人は(特に有能な人、少なくとも有能だと自覚している人)は自身の言動には常に注意が必要なのだろう。とはいえ、そこから著者の提案が気に入らない。嫉妬を受けないためには「沈黙は金なり」、口を慎むべしと、ありきたりな提案を語る。しかも、人との交わりをできるだけ避けるくらいしか方法はないと言うのだ。そう言いながら、最後には、嫉妬を避けて口を慎むような人間はつまらないと、惑わすような言い方で終わっている。
 
 いや、嫉妬の歴史を真摯に見つめれば、嫉妬を受けない絶対的な方法などないのだろう。人間の周囲には常に誰か他人(家族を含む)がいる。人がいて組織や社会が成り立ち、組織や社会はヒエラルキーを生む。ヒエラルキーは、神が作った法に則るものではなく、人が人を評価することから形づくられ、その評価はすべて特定の人物対特定の人物という相対的評価がベースとなるのだ。利害関係者みんなが満足することなどありえない。だから、一介の学者風情に、人類史を転換させうるような英知を期待しても、どだい無理なのだ。そう謙虚に思えば、暇つぶしくらいにはなる本だ。