自伝 「福翁自伝」  福沢諭吉著   岩波文庫

新訂 福翁自伝 (岩波文庫)新訂 福翁自伝 (岩波文庫)
(1978/01)
福沢 諭吉富田 正文

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評価★★★★★

 1897年(明治31年)、開国の思想家、福沢諭吉が65歳の時に著した自伝。弟子に向かって口述したものを速記させて刊行。年末に読んだ水村美苗の本で、本書のことが絶賛されていたから読んだ。明治史っていまいち知らなかったし。

 今では一万円札のおっさんである福沢諭吉は、豊前中津奥平藩(大分県)の下級武士の子。14、5歳でようやく漢文を学び出したことで学問に目覚め、ペリーの黒船来航をきっかけに西洋の砲術を知るべく長崎や大阪に赴いて蘭学を学び、江戸にわたって蘭学の無意味さを知ったのちは英語を独習し、幕府の英語翻訳係として活躍する。欧米には通訳係として、勝海舟が指揮する咸臨丸を含め3度も赴き、時の西洋事情を学んで、攘夷論こだまする日本が攘夷論に打ち克って一刻も早く開国し、西洋の技術を取り入れて列強諸国と対等の国になるよう、在野から訴えていく。

 まあ、そうした彼の為した偉業はともかく、本書は江戸時代末期から明治の終盤、さまざまに起こる事件の渦中にいた知識人の自伝ゆえに、その時代の出来事が俯瞰的に理解できる。「なるほど中学生の時に習ったこの事件には、そういう意味があったのか」とね。しかも福沢諭吉というキャラ自体が愉快痛快なんだもん、作品としてメチャ面白い。その彼のキャラを少し紹介すると、粗暴なところは微塵もなく、常に笑って豪放ライラク、しかも、言論人でありながら、なんと他人との議論を好まない。考え方はフレキシブルだが、掲げる矜持は高く、けっして藩や幕府、新政府に媚びず、在野にあって独立自営を貫く精神はひとときも揺らぐことない。

 こう書くと英雄の自伝らしくてカッコよく聞こえるけど、実は、大酒のみだし、若いときには数多く悪さも働いている。酒を飲むためには友人すらだますw。まあ、35歳くらいで禁酒したから立派だけど。なまじっか論が立つから、偽りの手紙を書いて大阪までの舟にキセルしこともある(立派な犯罪w)。料理屋から皿とか茶碗を持ちかえったこともある(これも立派な犯罪w)。何より、父親や兄をなくして寂しいはずの母を不義理にも郷里に残し、一人東京に出てきた親不孝者なんだ。

 まあ、そうした英雄の負の側面を、恥ずかしげもなく語っているから面白いのだろう、庶民的な一面を見て読者は安心できるもの。文体は、口述記録のせいもあって堅苦しくなく、滑らかでリズミカル。岩波文庫の新版だけど、小見出し付きが秀逸、とても読みやすい。