ノンフィクション 「超人類へ!   バイオとサイボーグ技術がひらく衝撃の近未来社会」  ラメズ・ナム著 

超人類へ!  バイオとサイボーグ技術がひらく衝撃の近未来社会超人類へ! バイオとサイボーグ技術がひらく衝撃の近未来社会
(2006/11/11)
ラメズ・ナム

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評価★★★★

 マイクロソフトの開発技術者で、バイオやナノテクにも通暁する若きオピニオンリーダーが、最新のバイオ医学や遺伝子工学、脳機能学について書いた挑戦的なノンフィクション。タイトルと装丁に味気なく、翻訳も硬すぎる。真面目すぎて洒落がない。でも、内容をじっくり読めば、ものすごく面白い。耳目に触れたことのない衝撃事実の連続に、読者は興奮すら覚えるだろう。
 
 たとえば、?不治の病であるALS(筋萎縮性側索硬化症)にはインシュリン様成長因子を追加して筋肉の減少を遅らせる?アルツハイマーには神経成長因子をぶち込んでニューロンの減少を遅らせる――ぐらいなら、ニュースで耳にしたこともあるや知れない。でも、なんと、忘れっぽさに悩む中年サラリーマンが記憶力を増強させることが可能で、倦怠期を迎えた男女の恋愛だって薬で何とかなると言ったらスゲ〜って思うのでは。記憶力増強には、鬱病の薬であるリタリンでもいい。あるいは、その辺にあるニコチンやカフェインでもいい。それらを健康な人が飲めば、注意力や記憶力が増強する。同じく抗うつ剤パキシルを飲めば、社交的な人はより社交的になる。バソプレシンというホルモン受容体を増す薬を飲めば、男女の恋愛が燃え上がるんだってさw(そもそも、キスするだけで脳内にはバソプレシンが増えるらしい)。アル中患者だって、ドーパミン受容体の一種に関わる遺伝子を増やすだけで、アルコール摂取量を抑えられるんだってよ。

 倫理性から反発の大きい、遺伝子改良だって、底流ではコッソリ発展している。例えば、寿命を倍にしたマウスはすでに存在する。そもそも現代社会でブームとなっている「アンチエイジング」に有効な化粧品やサプリメントなど本当は存在しないし、コラーゲンなどいくら摂取しても美容に役立たないけど、遺伝子治療によるアンチエイジングは別。植物の品種改良のごとく、遺伝子操作で熱やストレスへの耐性を与えれば寿命を延ばしうる。ちなみに、寿命を延ばすに、摂取カロリーは少なければ少ない方がいい。徹底した低カロリーは確実に寿命を延ばし、同時に健康的で活力を与え、知能低下も防げるそうだ(ただ、交尾への興味がなくなり生殖率が低くなるというからヤッカイだぜw)。 
  
 もっと驚いたのは、脳に電極を入れる話。今や、脳に電極を差し入れてコンピューターに繋げば、考えただけでコンピューターのカーソルを動かせるらしい。20年間、盲目患者として暮らしてきた人の脳に電極を埋めこみ、目にはカメラを組み込んだメガネを着ければ、なんと「見える」ようになる。メガネに付けたカメラからのビデオ信号をインパルスに変換し、脳の視覚野のニューロンに働きかけて、脳内でイメージ化する。実際、アメリカにはそうやって支障なく暮らしている元盲目患者が一人いると言うから驚きだ。聴覚も同じで、音声信号を変換すれば、脳の聴覚野を動かしうる。電極は薬と違い、脳のニューロンに直接に働きかけるため、パーキンソン病だってアル中だって鬱病だって、副作用なく、すぐに容易にコントロールできる。

そして、その技術は、治療の範疇を超えたところを見据えつつある。患者ではなく、正常な人への、進化した情報伝達手段、「ニューロ・コミュニケーション」だ。つまり、脳内に電極を入れたもの同士が、文字も映像も用いずにコミュニケートする。文字や映像というメディアを媒介しないから情報を正確に伝えられる。それは、サルから枝分かれした人間という「種」が新たな進化を迎えることになるとね。

 体外受精もクローニズムも、遺伝子治療もその他のバイオ医学も、生殖の尊厳、人間の自然本来への冒涜といった懸念や反発は強い。一方で、輸血にしても植物の品種改良にしても今では受け入れられている。IT技術も社会を大きく変革したのは事実である。著者は、医学や工学における規制なき発展が社会に潤いをもたらし、平等社会の実現に寄与すると主張する。うーむ、私の知識は浅薄で、未来への洞察力にも欠いている。拠り所となる倫理観も持ちえていない。遺伝子の変異・改良がすなわち人間の幸福に繋がるのかどうか、「種の進化」をも受け入れていくべきかどうか、結論は出せない。知と金の欲望は川の流れのように一方的に広がっていくものだから、発展の流れをせき止めることは難しいと思うが、せめて、できる限り性急過ぎない、漸進的であって欲しい。