短編集 「大聖堂」 レイモンド・カーヴァー

大聖堂 (村上春樹翻訳ライブラリー c- 4)大聖堂 (村上春樹翻訳ライブラリー c- 4)
(2007/03)
レイモンド・カーヴァー

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評価★★★★★

 レイモンド・カーヴァーの書いた作品の中でも随一と呼び声の高い短編小説集。全12作品を収載。確かにいずれも秀逸で、村上春樹ファンなら当然、近代アメリカ文学好きとしても今まで読まずにいたのが恥ずかしいくらいの名作揃いだった。ただ、いずれも内容が重く暗い(時に絶望的な主人公が現れる)ため、本短編集を心底好きになれる人は限定されるだろう。
  
 何が秀逸か、どこが素晴らしいかって、著者のレトリック、そして表現力。それは小説家としての個性が表出しているなんてもんじゃない、それ以上に精緻に考え練られたテクニックの凄みを感じるのだ。といっても修飾語は少なく、文章は短くシンプルで、時に言葉足らず、説明不足。そんな放縦な文章の組み合わせに過ぎないのに、登場人物がすぐそこにいて、息をし、汗を拭いているようなリアル感を持っているんだ。著者の妻、テス・ギャラガーがしたためた序文がうまく解説している。「単なる貧乏白人小説、ダーティー・リアリズムの書き手ではなく、アメリカのチェーホフという表現の方が適している」ってね。
 当時のアメリカは70ー80年代、一生懸命に働けば家一件買って子供を大学に入れられるという思いこみが色褪せ、貧しい労働者は貧しいままでしかない現実を人々が理解し始めたころで、カーヴァーはその言葉にならない苦悩の在り様を、「手触りを損ねることなく説得力のある言葉で描いた」という。そして「カーヴァーが書き表した孤独と絶望を通して、我々は人生の苦境をめぐる認識を共有できるようになった」んだって。ちょっとヨイショが過ぎると思うかも知れないが、本書を読めばそれもありえると多くの読者が得心するのではないか。

 翻訳した村上春樹は、本書の中では「羽根」「ささやかだけど役に立つこと」「ぼくが電話をかけている場所」「大聖堂」が素晴らしいと紹介していた。個人的にはラストに希望の持てる「ささやかだけど、役に立つこと」がベストだと思う。同じく希望のある「大聖堂」にも感動を憶え、一方で、主人公の心情が希望から絶望に変化する様子を描いた「シェフの家」のザラザラと手触りのある文章表現にも心ときめいた。