映画 「イントゥ・ザ・ワイルド」  ショーン

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評価★★★★

 メチャ美しい自然をバックに、若者の葛藤を描くロードムービー
 1990年頃、裕福な家庭に育ち大学を卒業したばかりの若きエリートが、突然に家を飛び出し、放浪旅行の末、アラスカの大自然の奥地で衰弱死した事件が発生。いったい若者は、何を理由に、何を求めて旅に出たのか。事件を取材したノンフィクションを原作にした、ショーン・ペンの最新作。
 
 両親にも妹にも、何も告げず家を飛びだし、ヒッチハイクで車を乗り継ぎ、夜は野宿、テントを張って夜露をしのぐ。食料が尽きると、農場でバイトをして耐えしのぎ、貯まった金でカヤックを買い、激流を下る。夜には貨物列車にこっそり飛び乗り、起きたらまたヒッチハイクだ。目指すはただひたすら北、アラスカの大地。旅に必要な水も食料も足りなくなれば自然からもらえばいい。金も家族も友人もいらない、自然の恵みがあれば生きていける。後は書物、トルストイジャック・ロンドン、ソローの本があればそれでいい。なにせ現実社会は欺瞞に満ち、幸福な家族なんて虚構に過ぎない。心から「真実」が欲しい、旅はそれを見つけるためだ。
 
 もちろん、人が旅をするんに理由なんていらないよね。でも、若者の一人旅には得てして理由があるものだ。彼の場合は、幸福を演じつつも実は口論や暴力の絶えない両親や、装飾に満ちた社会への反発が理由となったけれど、若者は概してそういう無垢で一人よがりな生き物だ。常に自分はいったい何者かという疑問にさいなまれ、心許ない自信とそれを上回る不安に惑わされる。一方で不安は向上心、野心を生む。だから感受性の薄い若者、自分探しをしたことのない若者など、まったく面白くも糞もない。監督であるショーン・ペンは、そうした自分探しへの旅を肯定している。自分探しの旅なんて万人に肯定されるものではない、それは分かりつつも敢えて受け入れている。受け入れているというよりも、本当は誰よりも熱く愛している。

 そういやワタクシも10年以上前、北海道をヒッチハイクで回ったことがあった。北は稚内礼文島に行き、帰りは網走、斜里を抜け、旭川でチャリンコを買って東京まで乗って帰ってきた。バックには一人用のテントと寝袋、飯合、あとは当時大好きだった安吾とかチェーホフ野田知祐もあったかなw。学生時代を経て二つ目の仕事を辞め、僅かばかり銀行に残った金を無駄にしないようすぐに旅立ち、いきおい家族に何一つ告げなかったから、後にこっぴどく怒られた。母曰く、「電話が通じないから大家さんに電話したら、もう引き払ったっていうからビックリしたよ!」。 
 
 閑話休題。あ、この映画、家族の愛に飢えて文明を拒絶した若者の物語という、兎角に社会派映画になりがちなテーマの中にあっても、社会的・思想的なメッセージは全然ない。逆にストレートに、大自然と若者の純粋さに焦点を当てている。ロードムービーとして見れば、その出来栄えは傑出、近年屈指の作品ではないか。特にキャスティングは、完璧と思うほど絶妙だ。主人公の青年を演じた男性は顔も体つきもストーリーに限りなくマッチし、旅先で出合う心やさしき人々もみな各々演技とセリフに深みや含蓄を漂わせている。カメラが捉えたアメリカの大自然はまさしく息を飲むほどに雄大で、主人王の青年のフラジャイルだが汚れなき清らかな心にピタリ寄りそうように脆くピュアだった。