小説 「冷血」  トルーマン・カポーティ

冷血 (新潮文庫)冷血 (新潮文庫)
(2006/06)
トルーマン カポーティ

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評価★★★★★ 

自らを「アル中でヤク中でホモの天才」と称し、1950年代の米国社交界の象徴的な華やかさを持った異能の作家、トルーマン・カポーティの代表作となるノンフィクションノベル。ノンフィクションだけど小説の体裁をとった作品と言えばいいだろうか。

 面白い。凄まじさを感じるとは聞いていたけど、確かにスゴい。彫心鏤骨。著者は、かの上品で洗練された小説、「ティファニーで朝食を」を書いた有能な小説家だが、そんな彼が3年かけて徹底取材し(ノート6000ページ超)、その後3年近くをかけてデータを整理して書き上げた作品だ。
 
 1959年、古き良き時代のアメリカを体現したカンザスの片田舎、周囲に評判の厚い篤農一家4人が惨殺された。本書はその事件の背景から容疑者の死刑までの6年間を追ったものだが、こう書くと読む気もうせるだろう陰鬱な内容と思うだろうけど、読めばグイグイ惹きこまれるから大丈夫。加えて、もしあなたが映像でも活字でも表現の世界に片足でも突っ込んでいる人ならば、単にその膨大な取材量、大罪を平気で犯す容疑者の深層心理・行動背景への確かな考察に触れるだけで、自分の仕事を見つめ直すきっかけになると思う。
 
 華やかな半面スキャンダラスな生活を送っていた著者は、そうした人間の多くに通底しているものだが、情緒不安定だっという。なんていうか、繊細で他人に細やかな配慮を示す半面、持てる愛が強すぎて他人との距離感をうまく保つことができず、常に孤独感にさいなまれている。結果、破滅的で露悪的なものを求めがちとなる。彼の場合、それは両親が早くに離婚して親戚中をたらい回しにして育てられたトラウマに、極めて脚が短い短躯というコンプレックスが重なったせいらしいが、そうした境遇は本書における容疑者の一人、ペリーと完全に重なるものだったらしい。短絡的な見方との誤解を恐れず言えば、屈折した人間の感情は、屈折した人間にしか分からない。だからこそ、これだけの仕事、膨大な取材量に取り組めたのだろう。まさに執念だ。いや違う、執念とかいうストイックなものではないね。自ら「欲した」んだろうな。欲したんだ。知りたい、もっと知りたい。俺にしか理解できないんだって。そう考えると、莫大な時間をかけ徹底的に取材したことなど、人間心理への深く確かな考察など、彼にしてみれば、やって当たり前のことだったのだろう。

 最後、佐々田雅子氏になる新訳は、わたくしにはとっても読みやすかった。軽すぎるとの批判もあるようだが、なにせ600ページを超える長編、読みやすいくらい軽い方がいいと思うよ。