映画 「この自由な世界で 」  ケン・ローチ監督作 

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評価★★★★

 私は10年ぐらい前、当映画の監督であるケン・ローチの作品、「レイニング・ストーンズ」に出会って衝撃を受けて以来、彼の作品を見続けてきた。たいていイギリスの低給労働者が主人公で、彼らの生活実像を物語にすることで社会のひずみを露とする、いわば重厚な社会的な作品ばかりだから、他人に「面白いよ」と薦められるものではない。ただ、十分にストーリー性があって楽しめる。華美を廃したシンプルなキネマトグラフィーはけれん味がなく、登場人物の心情をストレートに伝えてくれる。そのシンプルさは程よくスタイリッシュでカッコいいと言ってもいい。

 主人公のアンジーは、33歳のシングルマザー。負けん気が強い彼女は、まもなく中学生になる息子との生活費や教育費を稼ぐため、バリバリ仕事をしているが、現実は米国のTV番組「セックス・アンド・ザ・シティ」中の女性達のようにうまく行くとは限らない。学歴のある英語圏の白人ならば、常に勝ち組みの生活が保証されている訳ではないんだ。100万ポンド程の借金を抱え、30もの仕事を転々としながらやっと生活できているだけで、子育てはもっぱら年老いた両親に頼っている。現在職を得ている人材派遣会社でも、大きな注文も獲って会社に貢献しているのに、飲み会で軽くセクハラしてきた上司に水をかけたことで会社を解雇される(もちろん、解雇理由はインチキだけど)。ただ、人材派遣の裏表を知悉していると自負する彼女は、友人を誘って人材派遣会社を立ち上げる。事務所はなく、パブの裏にある空き地に、自由経済政策の下で増加する東欧などからの移民達を集めて、日雇いの仕事を斡旋するし紹介料を得る仕事だ。購入した一台のバイクにまたがり東奔西走、仕事を得るため昼夜駆け回る。なんとか仕事は順調に進んでいくが、あるとき、祖国から追われて生活に悩むイラン人の不法移民の偽造パスポート発券を手伝ったことを発端に、犯罪である不法移民の人材派遣にも触手を伸ばす。その方が儲かるからだ。彼女は捕まらない限り、やったもん勝ち、何をしても「自由」だと虚勢を張る。父親は「移民を助けることで英国人から仕事を奪うのは良くない」と訴えるが、「そんな時代ではない。あなたのような負け犬にはなりたくない」と突っぱねる。もはやアンジーは、以前のアンジーではなくなってしまったのだ。。。

 所得再分配は不当だとするリベラリズムこそ経済発展に益するという仮説が席捲している多くの先進国では、富が一定層に集中し、その代償として、不遇に悩む層が必ず出てくる。もちろん旧社会主義国家にも窮乏が存在し、耐えきれず資本主義国家に多くの人が出稼ぎに来る。そんな移民を搾取して利益を増大させる企業が株式価値を高めながら国家に多額の税金を払い、結果、そこの国民の生活水準を向上させる。一方で、その国の国民がもともと持っていた仕事は低賃金の移民に奪われていくから、自国民の不満は鬱積する。不満を少しでも解消させるため、移民の管理政策を取っても、多くの不法移民がひっきりなしにやってくる。経済には常に機会費用が生じるんだ。当然、問題解決は難しく、ケン・ローチも答えを出してない。この映画にメッセージ性はないんだ。答えを出すことが偽善になると思うワタクシは、それでいいと思う。いずれにしても、アンジー役の女性役者、とってもキレイでしたw。