小説「ロリータ」    08.7.21読了

ロリータ (新潮文庫)ロリータ (新潮文庫)
(2006/10)
ウラジーミル ナボコフ

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評価★★★★★

 ロリコンロリータ・コンプレックス)という、性的嗜好の対象を少女とする、いわゆる小児性愛者を指す言葉の由来となった恋愛小説。帝政ロシア時代のロシアに生まれたナボコフ(1899ー1977)による1955年刊行の作品。
 私がこの小説の存在を知った20年ほど前には、すでに「ロリコン」という言葉が一人歩きしていて、男性が比較的年の若い女性に目移りすると、付き合っていた女性らから「このロリコン!」と総攻撃されるようになっていた。そのせいもあって、私も本書のことを単なる昔のエロ小説か、よくてワザと性的倒錯者を小説のテーマと据えることで奇をてらった通俗小説くらいに考えていた。
 それはまったくの誤りであった。読み始めた途端、文面に横溢する著者のとてつもない知性と教養の深さ、卓越した言語能力に惹き込まれ、タダならぬ小説だと驚ろかされた。
 もちろん、読む人によっては、(一読しただけでは)受け入れがたいと感じるかも知れない。ことに少女への性愛など、ハナから道徳的もしくは教育的に許されるべきではないとかたくなに考えがちな人、あるいは10ー20代の正義感の強い青少年ならば、本書は破廉恥だと不快感を覚え、読んでいる途中で放擲するかもしれない。だから、もしかして、小説家志望の若者でもない限り、中年以降になってから読んだ方がすんなり楽しめるかもね。
 あらすじを紹介しよう。もともと少女への性的嗜好が強かったパリ生まれの中年男性ハンバート37歳は、親戚のつてで仕事を得てアメリカに渡る。その下宿先には、なんと究極に自分好みの少女、ロリータが母親と暮らしており、その少女特有の美しさというか、かぐわしい色気(ニンフェットさ)に日々興奮を隠しきれず暮らすこととなる。一旦は母親に求婚されて母親と結婚するも、その母親はハンバートの日記、ロリータへの性愛を綴った文章を読んでショックを受け、自動車事故で死んでしまう。母親の死をもロリータと二人っきりになるチャンスだと考えたハンバートは、策を弄してロリータと二人だけの旅行に赴く。その頃、ロリータはロリータで年齢的に性的好奇心を覚え始めており、母が死んだと聞かされる前に、自らハンバートと性的交渉を持ってしまう。その後、母が死んだと聞かされたロリータは、ハンバートに頼る以外に身寄りもなく、半ば軟禁された状態に屈してしまう。結末は、ロリータがハンバートから逃げ出し、さる男性と結婚するが、最愛の少女を失って拠り所を失ったハンバートは、ロリータが逃げ出すキッカケを作った男性(これまた性的倒錯を持つ気色の悪い脚本家)を銃殺してしまう。
 ホラね、グロテスクでしょw。でも、私はそうは思いません。著者の言語感覚は、本書のあとがきに大江健三郎が評しているように「常人には絶対に届かないほどの高みに」達している。そもそも著者はロシア人であるにもかかわらず、自分の血肉となっているはずの母国語では書かずに英語で書き、しかも小説の中にはフランス語の表現がこだまする(だから英語の原書で読むのがベストだろう)。加えて、本書には、少女がテニスを行うシーンが象徴的だが、文章、一文一文が美しく、かつコケティッシュである。ストーリーテリングに関しても、探偵小説のようなサスペンス、スピード感があって、同時にユーモアのあり、様々にある小説の形態、技法をすべて含んでいる、といっても過言ではない。前述の大江氏は、野心家で勤勉な小説家志望の若者へ、これ以上にない教科書となると評しているが、そうだろうね。こんな小説、読んだことない。