映画「イースタン・プロミス」  08.7.7

イースタン

評価★★★★★

 気色悪いハエ映画「ザ・フライ」で有名なデヴィッド・クローネンバーグ監督が撮ったロシアン・マフィアの映画。「仁義なき戦い」と「ゴッドファーザー」の中間みたいな風合い。同監督の前作で主役を演じたヴィゴ・モーテンセンが今回も主役を快演している。1958年米国生まれの彼は、デンマーク人を父にもち、複数の言語を自在に操るという。俳優業がオフの時は写真展や絵画展を催す芸術家肌で、役作りへの勉強も怠らない。本作品の撮影前にも彼は、刺青の本などをロシアンマフィア事情の本を読みこみ、監督に助言するとともに、ロシア訛りのセリフや立ち降るまい、仕草も研究し、本物のロシアン・マフィアと見紛うほど完璧にマスターしたという。

 イースタン・プロミスとは、イギリスで暗躍する東欧組織(ロシアやウクライナチェチェンらのマフィア)が行う人身売買契約のこと。イギリスには今や年端もいかない東欧女性が大量に春を売って働いている。彼女らはラトビアとかエストニアといった東欧諸国出身で、暴力で脅かされ監禁状態のまま働かされているという。もはや産業として巨大となり、売春婦の多くが「ナターシャ」という源氏名を持つため「ナターシャ産業」とも揶揄されるそうだ。ソ連崩壊後に台頭した、ベレゾフスキーら成金実業家の多くも何らかの関係を持つとされる。チェルシーオーナー、アブラモビッチもその一人で、そのせいか映画中のマフィア連中はみなチェルシーサポであるw。ちなみに、孤児から伸し上がった石油王アブラモビッチは1966年生まれの41才、なんとオレと同じ誕生日だった。いずれにしても市場経済グローバル化が産み落とした、ロシアン・マフィアの台頭という陰は(言葉は悪いが)今こそタイムリーなのだろう、この映画は時代のパワーに後押しされている。

 物語は、ロンドン中心部の病院で助産婦として働くロシア系移民の子、アンナ(ナオミ・ワッツ)の元に、身元不明のロシア人少女が運び込まれる。おなかに子を宿していた彼女は、新しい生命の誕生と引き換えに息を引き取る。アンナは、残された少女の日記から少女の身元を割りだし、赤子の引き取り先を探そうとする。そんな中、浮上したのが、ある怪しい雰囲気を持つロシアレストラン。店の前には一人謎めいたオーラを持つ運転手、ニコライ(ヴィゴ・モーテンセン)が立っていた。実はそのレストラン、ロシアン・マフィアのボスが経営する店。赤子はそのボスが少女をレイプしてできた子供であったことが判明、アンナは死や犯罪が常態化する暗黒の世界に足を踏みこみ、もはや逃がれられないところまで深入りしてしまう。そこでアンナを救うのは、したたかにボスの座を狙う切れ者のニコライだった。

 必見は公衆浴場での裸の格闘シーン。常に暴力と隣り合わせの無情な現実社会を体で生き抜いた男が、暗黒社会に咲く唯一の光明のごとくに垣間見せてくれる理性。そして妖気にすら感じる色気。ここ数年まれに見るハードボイルドの秀作である。