小説「北回帰線」 ヘンリー・ミラー (2008.2.20)

北回帰線 (新潮文庫)北回帰線 (新潮文庫)
(1969/01)
ヘンリー ミラー

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評価★★

 1891年ニューヨーク生まれの作家。生涯で5度結婚し、ほとんど定職に就かず創作活動にいそしんだ。自身の快楽主義的で破天荒な人生そのままに、あけすけで大胆な性描写、冷静で辛らつな人間考察を特徴とする作家らしい。本書はそのヘンリー・ミラーの代表作と言われる。
 
 ところで、本書には筋書き(プロット)がない。主人公の男が誰々と付き合っていて、セックスはどんな風だったか、あるいは、あの女と寝るとどんな風になるか、そんな下世話なことばかり書いている。あるいは、誰々という小説家の友達は、そこそこにいい文章を書いているが、女漁りばかりしていて常に金がない、というような日常の、実にどうでもいい話の連続。そうした、とある場所で起きたどうでもいい出来事やエピソードを、巧みな語彙表現を武器に有り余る瞬発力とパワーで以ってどんどん書き連ねている。ただ、それらエピソードはいずれも適当に並べてあるだけで、通常の小説が持つ、それぞれの有機的な繋がり(あるいは起承転結のようなもの)がまったくない。有機的な繋がりがない以上、「小説」というより、単なる散文だとも言える。かといって、それらエピソードの合間には、作者ヘンリー・ミラーの信念、人生観や芸術観が、主人公の言葉を通して横溢しているので、その意味では「小説」なのだろう。まるでバロウズギンズバーグの本みたいだw。

 でも、そんな文章が延々500ページ以上も続き、正直面倒くさくなって飛ばし読みした。結局、何が言いたくてこれを書いたのか、飛ばし読みしたためか私と相性が合わなかったためか、ほとんど分からないうちに読了した。だから、満足度の評点はかなり低くなった。歴史的名著を低く評価するのはカッコつけではなく、単にワタシの読みが浅すぎて相性が合わなかったから。著者の鋭敏で豊かな文章表現力、既成の枠に留まらない溢れいずる文学的才能は恐ろしいほど高いと感じている。

 ちなみに、性描写の連続には読み進めるうちに段々と慣れてくる。というのも、あまりにあけすけ過ぎて、求めるエロティシズムを維持しえなくなるからだろう。背徳的な行為から産まれる官能、秘すれば花みたいな表現がまったくないのだ。健康的と言ってもいい。おそらく著者自身、享楽に溺れ続けて突き抜けてしまったせいかも知れない。まるで水が高いところから低いところへ流れるように自然な営みなのだろう。