映画「いのちの食べかた」   (2007.12.21観賞)

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評価★★★★★

 イメージフォーラムで上映中の、12才以上じゃないと観ちゃいけない少しグロいドイツ映画。原題は“Our daily bread” 、つまり私らが日々口にしている食材、トマトやアスパラ、キャベツ、たまご、鶏・豚肉や牛肉に関するお話。どこでどう生産されて、どういう処理を経て店頭に並んでいるのか、音の無い映像だけのドキュメント。
 と言っても、「アルプスの少女ハイジ」や「フランダースの犬」のような牧場の爽やかな風景も、かわいい家畜たちとの触れ合いも、お百姓さんが丹精込めて作り上げているシーンも、まったく出て来ません。牧場や田園は、まるでトヨタの自動車製造工場さながら、食材はベルトコンベアーを走る部品のごとし。すべては、工業製品のように合理的に製造(マニファクチュア)されていきます。衝撃的です。もしかして見終わってから当分、こと牛肉と豚肉に関しては食べられなくなるかもしれません。
 
 わたくし、大学生の時分、金がない時にアルバイト先として大根の漬物、つまりタクアン工場で働いたことがありました。学校の西門に横付けしてあるマイクロバスに乗り、一日6時間ほどのキツイ肉体労働で1万円。
 着いた先のタクアン工場には、黄色い水が溜まった25?プールがありました。しばらくするとトラックが何台かやってきて、それぞれ荷台を傾けドドドー、大根をプールの中に落としていきます。横にいるのは、現場監督みたいなオッサンと、アルバイトのリーダー格の男、2人だけ。割烹着を羽織った優しそうなオバちゃんも、額に汗して漬物石を運ぶ亭主もいません。大根でプールが一杯になると、私ら学生はオッサンの指示を受け、小汚い長靴を履き、プールに入って大根を踏みしだいていくんです。そのうち大根は、徐々に黄色く色づいていきます。長靴も黄色くなりますw。いやはや効率的だと関心しつつも、踏んで黄色くなったタクアンはどれもマズそうで、しかも何より不衛生。その後しばらく、タクアンを食いたいと思いませんでした。

 でも、この映画が伝える効率性、そんなタクアン工場を、遥かにも遥かにも超えてます。例えば、組立工場にあるパーツフィーダーのような機械で運ばれるヒヨコたち。ホースで吸引される魚。巨人な手のような形のバイブレーターで、木から揺すぶり落とされるアーモンドの実。今度は、性欲が高まった瞬間、人工膣の中に射精させられる牛。水で希釈し薄まった牛の精子卵子を受精させるべく、パソコン上で遠隔操作する技術者。帝王切開で脇腹から引っ張り出される赤ちゃん牛。細いトンネルを抜ける間に屠殺されている豚。美味しい肉ができるよう、すぐには殺さず気絶させ、その間にすばやく分解される牛。可哀想ですが、どれも素晴らしく合理的です。工場も清潔で、働く作業員は仕事熱心です。

 もちろん、わたくしはやり切れない気持ちで観ていました。日々食べている(すべて元々は生き物であるところの)食材が、効率化や低コスト化の名の下に、こんな扱われ様で生産されていることにです。もちろん、有機野菜や大きな牧場で元気に育った豚といった、生産者の顔が見える農産物・畜産物を食べる方法もあるけど、それは詭弁。全ての食事を賄えない。一円でも安いアメリカ牛をスーパーで求めてるし、いつだったかケンタッキーにも行った。原罪とか、人間の業とまでは言わなくても、矛盾を抱えながら生きている。分かっている。でも、やり切れない。

 ところで、こんな究極的に効率的な生産システム、日本でも主流となるんだろうか。仏教的な価値観から家畜を(少なくとも建前では)大事にし(屠殺場を「食肉加工場」と言わしめ、被差別部落出身者に仕事を任せてきた歴史を有していますが)、農村・農家を温かい目で見る日本。もしかして、日本の農業や畜産業が世界から見ると非効率で高コストなままに温存されているのは、日本人が、それら業態を血の通わないマスプロダクションの餌食とさせるのを(無意識のうちに)嫌っているためではないか。でも、グローバル経済がもたらす欧米化の流れ、効率化への発展は、おそらく止まらないことでしょうね。
 
 あ、そうそう、内容は小難しくはありません。ってか面白いです。映像もカラフルで、まるでアート系シネマのようにキレイです。