小説「夏への扉」  ロバート・ハインライン (2007.9.28)

夏への扉 (ハヤカワ文庫 SF (345))夏への扉 (ハヤカワ文庫 SF (345))
(1979/05)
ロバート・A・ハインライン福島 正実

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評価★★★★★

 アイザック・アシモフ、アーサー・クラークと並び称されるSF小説界の巨匠ロバート・ハインライン(故人)の、中でも最高傑作と評される作品。マイミクの一人に薦められて読んでみたら、評判にたがわぬ面白さだった。
 
 物語は、1970年のロサンゼルス。ロボット製造会社を創業し仕事も私生活も順調に進み始めたはずの主人公、ダンが、冷凍睡眠(コールドスリープ)によって30年後の未来に逃避しようとするシーンから始まる。
 1957年に本作品を著したハインラインが想像した1970年は、オートメーション化の進歩目覚しく、あらゆる産業領域に自動化機械や作業ロボットが進出していた。猫好きで職人気質の主人公ダンは、オートメーション化の家庭普及を狙い、それまで得てきた工業知識、単なる技師を超える類稀なアイデア力を発揮し、ロボット会社を興す。法務に詳しく有能な友人に会社経営をまかせ、タイピスト経理の女性も雇い、自らはオーナー兼設計・発明技師として好き勝手設計に没頭する。発明したロボットは次々にヒットし、会社は軌道に乗るが、一方で、会社をもっと急速発展させたい社長と、時間を惜しまず満足行く商品を作りたいダンとの間に、齟齬が生じ始める。そして、ダンはある日、社長はもちろん、結婚を約束し会社の株を分け与えていた経理の女性にも裏切られて会社をクビになる。もはや彼らと一緒の世界に生きるのは辛いと冷凍睡眠を選択するわけだ。
 良識ある医者に説得され、冷凍睡眠という現実逃避は止めることにするものの、ダンは結果的に冷凍睡眠させられる羽目となり、30年後に目を覚ますことになる。30年後の2000年は、映画は立体3D映像で、支払いはキャッシュレス、食事はサプリメントのようにコンパクトという、(私が生きている現代社会に少しオーバーラップするような)近未来的社会風景を呈していた。自らが以前に設計し試作品を作っていた進化型家事ロボットも普及していた。ただ、不思議なことに、30年前は頭の中でこそ明確に設計していたが特許申請も試作もしたことのなかったロボットが商品化されており、しかも、そのロボットは30年前に特許申請され、発明者の名前は自分になっていた。そんな折、友人の技師が以前、ある教授の下で軍事機密の時間飛行(タイムトラベル)研究に携わっていたことを聞き、ダンは時間飛行で30年前に戻ることを決意する。
  あ、そうそう、時間飛行と言うと、ウエルズの「タイムマシン」で出てくるような、壮大過ぎて実現不可能な空想の産物と思う方も多いだろうが、本作品の時間飛行理論はもっと論理的(かな?)。時間軸に質量保存の法則と作用反作用の法則を適用させ、もし自分が未来に行けば、自分と同じ質量の何か(石でも金属でもいい)が、未来とは反対の過去に向かう、という論理を展開。
 
 ずっとハラハラドキドキしっぱなしで、ページをめくるスピードが嫌でも早くなるスリリングな展開。そういう意味では、SFよりも推理小説に近いストーリーテリング。しかも、主人公は1970年から2000年に飛び、そして2000年から1970年に戻り、再び2000年に戻ってくるんだけど、そうすることで少なからず歴史が書き換わってしまうため、物語の時系列構成は非常に複雑。いわば、物語は2重構造になってるかのよう。大学院で数学を学んだというハインラインは、まさに幾何学のように稠密に物語を構築しているわけだ。
 何より、結末がいい。ハッピーエンドで心地よいだけでなく、ノルタルジックに過去を賛美する事の愚かしさを教えてくれ、未来への希望を提示してくれる。