「料理の四面体」 玉村豊男著


料理の四面体 (中公文庫)料理の四面体 (中公文庫)
(2010/02)
玉村 豊男

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評価★★★

 面白いというよりも、私のような、料理を長年作り続けているのにレパートリーは増えないし、さっぱり上手にならないと感じている諸氏にぴったり、とっても参考になる良書である。まず、なぜレパートリーが増えないかというと、料理の原理を理解していないからにほかならない。著者が言うように、なにせ料理には年季がいる。「これとこれを合わせたらうまくいった」とか、「ってかことは、これも同種類だからこれと合わせてもうまくいく」、そうした基本原理を帰納的につかんでいくにはとても時間がかかる。そこで、本書は、世界各国を旅して原理を自分で発見した著者が読者のために紹介しようというのだ。原理は基本とも言い換えられ、それが分かれば、料理のレパートリーは立体的に広がっていくわけだ。
 
 まず料理は、四面体モデルで図式化できる。四面体とは、火−(空気+水+油の3角形)の構造である。「料理をするということは、道具や調味料は別として、空気と水と油という要素に火が介在することで材料を変化させることである。レシピづくりの基本は、下処理から刻み、加熱、一つ一つの理屈を理解することで、そこから創造性が産まれる。突拍子もない手法から珍しいものがうまれることなどない」(アクアパッツアシェフ)。
 
 例えば、フランス料理のソース。何百種類とあるが、ぜんぶ覚える必要がない。肉を炒めた後、フライパンに残った肉汁を混ぜる(デグラッセ)すればいい。ワインでデグラッセすればワインソース、生クリームでデグラッセすればクリームソース。ブイヨン(だし汁)を使ってもいい。

 肉を汁に浸す前にサッと強火で炒める(リソレ)のは、表面に焦げ目を付け、肉に防護壁をつくり、後で汁に入れてもエキスが出すぎないようにする効果がある。煮込み料理には欠かせない工程。豚肉の生姜焼きも原理は同じだ。中華鍋は丸い底を火が四方八方から這い上るから肉でも野菜でも膜ができてエキスを閉じ込めてくれる。火が鍋に入っても、余計な油やアルコールを飛ばしてくれて香りだけ残してくれる(フランベの効果)。一方、フランスの家庭のキッチンには裸火がない。電熱オーブンはある。もともと焚き火で火を立ち上らせて家畜の丸焼きを火あぶりにして焼いていたのがロースト(焙る)であり、スルメを焙るのと一緒。魚の焙り焼きと一緒である。焼いた肉にレモンをしぼるのは、アジに醤油、鮎に蓼酢かけるのと一緒で、油っぽさを中和する効果がある。

 ステーキはもともと油を使わず焼く(直火焼き)ことで、油を使うのはソテー(炒める)という。ステーキは火刑用の杭のこと。ローストもステーキも直火にかざす意味で一緒。ローストの方が中に火が通るよう離してじわじわ焼くだけ。最近は、昔のステーキのような火に近い焼き方ををグリル(焼き網のこと)といい、ビーフステーキは牛肉のグリル焼きのこと。直火に一番近いのがグリル、続いてロースト、更に遠ざかると薫製、最後に風干し、日干しになる。塩付けて干せば生ハムになる。

 続いて揚げもの。ジャガイモの素揚げ(ポンム・フリート=フライドポテト=フレンチフライ)は、最初の揚げで防護壁ができ、二度目の揚げで内側から沸き上がる水蒸気を閉じ込める。結果、表面はカリカリ、中はホクホク。これは小魚のフライや天ぷらと一緒で、キス天など江戸前の天ぷらと原理はまったく同じである。
 鳥の唐揚げは、ジャガイモみたいにでんぷんが壁になってくれるものをのぞき、水気の多いものを油にいれると危険。だから小麦粉をまぶす。小麦粉に醤油やニンニク、ショウガを混ぜると中華風唐揚げ、醤油でマリネして片栗粉もつけると竜田揚げ、11種類のスパイスを使えばケンタッキーフライドチキンになる。小麦粉に溶き卵で天ぷらになり、天ぷらにパン粉でカツ(フライ)になる。天ぷら+パン粉=カツだ。

 続いて調味料。醤油の醤(じゃん)は、ひしお(醤)のことで、肉や魚を塩漬けにして腐らせて発酵させた調味料。だから漢字に油がつくが、日本では単純に味噌から出る液を醤油とした。
 ドレッシングは、衣(ドレス)をまとい、中に水分を閉じ込めること。油+塩+胡麻がナムルドレッシング。酢+醤油+だし汁が、日本の酢の物の二倍酢ドレッシング。砂糖を加えると三倍酢ドレッシング。塩+醤油+豆腐+胡麻で白和えドレッシング。日本の酢の物はサラダであり、ギリシャのタコ酢のレモンを酢に変えればタコ酢になる。
 長い間放置すると中の水分がしみ出してびちゃびちゃになり、うまくなくなる。サラダは作りすぎてはだめ。食べる直前に食べる量だけ付けるのがいい。でも、残ったら、いっそのこと漬け置いて、材料から水分を滲み出させて漬け物(マリネ)にしたらいい。あるいは、おひたしや、煮浸しでもいい。

 そして、ソース。ソースはもともとサル(塩)からきていて、ステーキもサルから来ている。つまり、ステーキはサラダである。グリーンソースは肉の酸性を中和する効果がある。ジャガイモが付け合わせにある(あるいはワインをガブガブ飲む)のは同じく中和するためだ。

 といった感じで、料理の原理を紹介してくれる。ただ、惜しむらくは、本書は原理をテーマにしていながら、マニュアル書のような分かりやすさが徹底されておらず、どっちかいうと「読み物」になってしまっていることだ。4面体モデルの紹介も最後である。できれば、最初に紹介してもらい、すべてを構造的に論理的に説明してくれるともっと理解が深まるのではないだろうか。