岩波新書 「ソクラテス」 田中美知太郎著

ソクラテス (岩波新書)ソクラテス (岩波新書)
(1957/01)
田中 美知太郎

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評価★★★

 過日、インターネットの討論番組を観ていたら、とある社会学者が、ソクラテスと初期ギリシャ哲学について熱く語っていた。曰く、「初期ギリシャ哲学は様々な自然を源とする(アミニズム的な)多神教の世界。『世の摂理は人知を超える』として、自然の摂理への畏敬があった。ゆえにバビロニア一神教的なるもの、いわゆる万能の超越神を否定していたが、ペロポンネソス戦争以後は変化し、プラトンイデア論が持ち出され、一神教が定着していった」。つまり、東洋哲学や日本の土着信仰と同じ多神教で、ある意味、人間以上に色恋沙汰に身を奉じる神ばかりの初期ギリシャが、なぜ、一神教を受け入れたのか? ―――― その理由は究極的な真・善・美が存在するとするイデア論にあったというんだ。更には、ぺロポンネソス戦争で疲弊したアテナイ市民の精神的な支柱としてイデア論を持ち出したんとね。なるほどね〜、それが一般的な解釈なのか、なら、それを確かめてみようと思っていたんだよ。

 ただ、本書の前にプラトンの「パイドン」(ソクラテスと弟子の対話)を読んだのだが、そしたら当然、語り手のソクラテスの言葉はプラトンの著作であることも相まって、いやいやプラトンイデア論じゃなくてソクラテスイデア論じゃね?という素人考えから抜けられなくなってしまった。やっぱ弟子が書いたものでソクラテスの本心を理解するのには限界がある。それなら他の著名な学者の解説書を読んだ方が多少なり理解が深まるかなと思ったわけだ。

 閑話休題。本書は、ギリシャ哲学研究の第一人者、故・田中美知太郎が書いた入門書。ソクラテスの出自や父親の職業、経歴ほか、生活の糧は何であったかなどの下世話な話から社会背景、そして裁判にかけられ服毒刑に書されるまでの様子、人物像、彼の哲学の特徴など高範囲に、かつ簡潔にまとめた本。本書を読むと、ソクラテス一神教的な考え方は持っていなかったように思えてきた。アテナイ市民が頼りとするデルフォイの神託でさえも盲信せず、時には否定する態度、その一方で、内なるダイモン(=当時は、悪魔ではないデーモンもいたらしい)の声には従っていたという(それらは既に『パイドン』『ソクラテスの弁明』に出ているんだけどさw)。ある種、多神教的かなw。

 あと、著者は先の学者同様、スパルタとの30年間にわたるペロポンネソス戦争がアテナイ(つまりは初期ギリシャ哲学)に与えた影響についても語っている。独裁制のスパルタに敗れたことで、アテナイではそれまでの民主制への反動的雰囲気が広がり、それは反ソクラテス的な動きにも繋がったというんだ。なるほど、そうした時代背景を考えると、先の学者が言うように、ソクラテスの弟子プラトンアテナイ市民の精神的な拠り所を求めた結果、イデア論に帰結したと考えてもおかしくない。

 ところで、ワタクシ、「饗宴」のレビューで、ソクラテスはまるでハードボイルド小説の主人公のようだと書いたと思うが、本書を読むとそれを裏付ける解説にぶち当たる。自ら兵として出征し、人一倍労苦に絶えて窮乏をしのぎ、一方で食料や酒が豊富な時にはそれを大いに楽しむ。
 よく言われる恐妻家であったことについてもその通りで、確かに哲学ばかりでカネを稼がず家計は貧乏だから仕方ないが、妻クサンチッペは小言ばかり。ソクラテスの頭にを浴びせたこともあるほどの悪妻で、ソクラテスは「この女を耐え忍ぶなら、他のどんな人とも付き合える」と言ったというんだw。そういや、本書じゃなくて他の本で読んだんだけど、ソクラテスは若い青年に向かって「結婚しなさい。良妻と結婚すれば幸せになれる。悪妻と結婚すれば哲学者になれる」とも言っていたらしいね。